国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
そして、あっという間に迎えた二日後の早朝。ロゼッタは激しいノック音によって叩き起こされた。
「ロゼッタさーん、起きてくださーい」
「は、はい」
ロゼッタが慌てて扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべたミラベルが仁王立ちしていた。その足元には大きなトランクが置かれている。
「ミラベルさん、旅行にでも行くんですか?」
「いえ。今日は宰相様とデートとお聞きしましたので、ロゼッタさんにぴったりの服をご用意しました」
「デ、デート? 違いますよ、ただお休みが被っただけで……」
「さあ、バッチリお洒落をしましょう。私に任せてください!」
人の話を全然聞いてくれない。戸惑うロゼッタを尻目に、ミラベルははち切れんばかりに膨らんだトランクの取っ手を掴み、引きずるようにしてズカズカと室内に入り込んだ。
部屋の中央でトランクの鍵を外すと、中に詰め込まれていたのは、何着もの可愛らしいワンピースだった。
さらに次々と姿を現すバレッタやリボンの山は、もはや執念さえ感じられる。ミラベルの尋常ではない意気込みに、ロゼッタは思わず息を呑んだ。
「ミラベルさん、気持ちは嬉しいんですけど……」
「可愛さに全振りして、こちらなんてどうでしょうか」
「うっ」
ミラベルが手に取ったのは、フリルをふんだんにあしらわれたピンクのワンピースだった。腰には巨大なリボンが付いていて、まさに春の妖精といった一着である。
(シャロンが好きそうなデザインだわ)
可憐を地でいく妹の姿を思い浮かべながら、ロゼッタは全力で試着を拒否した。こんなものを着て街中を歩く勇気など持ち合わせていない。
「では、ロゼッタさんのプラチナブロンドが映えるネイビーにしましょう。あ、でも季節的に爽やかなミントグリーンも捨てがたく……うーん、大人っぽさを出すならラベンダーに……」
職人さながらの渋い顔で熟考していたミラベルだったが、ハッとしたようにトランクの奥に手を伸ばす。透明感のあるアイスブルーのワンピースが、ロゼッタの目の前でふわりとなびいた。
「やっぱりロゼッタさんには、清楚さが際立つこのデザインがぴったりだと思います」
「は、はい」
「こちらに着替えたら髪もバッチリ仕上げますね。妥協なんて許されませんから」
櫛とカーラーを構えたミラベルが真剣な顔つきで両手をクロスさせる。どうやらロゼッタが解放されるのは、まだまだ先になりそうだった。
それから約二時間後。
ロゼッタは待ち合わせ場所の正門でエドガーを待っていた。その表情は緊張でわずかに強張っている。
(これって本当にデートなのかしら。ううん、ミラベルさんがひとりで盛り上がってるだけよね)
ぐるぐると考えを巡らせていると、向こうからエドガーが歩いてくるのが見えた。
「おはよう、ロゼッタ。待たせてしまったかな」
「いえ、私もさっき来たばかりですから」
今日の彼は、グレーの薄手のジャケットに黒いパンツを合わせた都会的でシンプルな着こなしだった。何気ない装いであればあるほど、かえって本人の容姿の良さを存分に引き立たせていた。
(この人って立っているだけで、絵になるんだわ)
ロゼッタが瞬きを忘れてまじまじと見惚れていると、エドガーもまた、こちらをじっと見つめていることに気づいた。
「エドガーさん?」
不思議そうに首を傾げたロゼッタに、エドガーは優しく目を細めて言った。
「いや、今日の君は一段と可愛いと思ってね。そのワンピース、よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
至近距離で微笑みかけられ、ドクンと心臓が大きく跳ねた。異性に容姿をストレートに褒められるなんて初めてのことで、反応に困ってしまう。
「えっと、今日のエドガーさんの服装も素敵です」
「ありがとう。これ以上褒め合っていると日が暮れてしまいそうだ。そろそろ行こうか。今日は一日、思いっきり楽しもうね」
「はい、よろしくお願いします」
ふたりはにこやかに笑い合うと、馬車に乗り込んで王都へと出発した。
晴天に恵まれたこの日、大通りはたくさんの人々で賑わっていた。身分を問わず、誰もが気ままに楽しんでいる。
「まずはどこへ行こうか。君の行きたいところ、どこへでも連れて行くよ」
「どこでもいいんですか?」
「もちろん。ただし、図書館以外でね。あそこは午後にゆっくり行くことにしよう」
リクエストを聞かれ、ロゼッタは窓の外に目を向けた。服飾店、宝石店、花屋……女性が好みそうな華やかな店が多く立ち並んでいる。けれどロゼッタの興味を引いたのは、通りの片隅にある小さな雑貨店だった。
「それなら、あのお店に行ってもいいですか? 新しい栞が欲しかったんです」
「奇遇だね。僕もちょうど、新しい羽ペンを新調したいと思っていたところなんだ」
エドガーが御者に指示を送ると、馬車は雑貨店の前で止まった。
店内に足を踏み入れた瞬間、鼻先をくすぐるインクの独特な匂い。棚には黒だけでなく赤、青、緑など色とりどりのインク瓶が整然と並んでいる。
(この国では、いろんな色のインクが手頃な値段で手に入るのよね)
エリアン王国では、黒色以外のインクは非常に高価な品だった。そのため、祖父のオーヴァンも「金の無駄遣いじゃ!」と言って、頑なに黒しか使わなかったのを覚えている。
仕事用のインクは王城から支給されているが、色を使い分ければ、製本の作業効率がもっと上がるかもしれない。ロゼッタは数色のインクをカゴに入れると、栞コーナーに向かった。
「すごい……」
栞といえば木材や羊皮紙で作られたものが一般的だが、この店には真鍮製の栞も多く取り扱われていた。薄く打ち延ばされた真鍮には様々な模様が刻まれていて、先端にリボンが飾り付けられている。
けれど、当然ながらお値段もなかなかのものだ。
(お金に余裕はある……けれど、衝動買いはよくない。うん、絶対よくない)
梟がデザインされた一枚に手を伸ばしかけ、なんとか自制して引っ込めようとした時だった。
「その梟が気になるのかい?」
背後からエドガーに声をかけられ、ロゼッタは小さく頷いた。
「あ、はい。可愛いなって」
「うん、このくりっとした目と丸っこいフォルムがいいよね。よし、決まりだ」
そう言って、エドガーは梟の栞を二枚取った。
「こっちの紫色のリボンは君に。この琥珀色のは僕が使うよ」
「そ、そんな悪いですよ。自分で買いますから」
エドガーに買ってもらう流れになり、ロゼッタはなんとか断ろうとする。
「いつも君には助けてもらっているからね。これくらいは日頃の感謝として、僕に贈らせてくれないかな。もちろん、そっちのインクもね」
カゴをひょいと手に取り、エドガーが足早にレジへと歩いていく。あまりのトントン拍子な展開に、ロゼッタはただ焦るばかりだった。
「エドガーさ……っ」
その時、前方から大量の袋を提げた先客がロゼッタの脇を通り過ぎていった。
(あれ? 今のって……)
見間違いだろうか。後ろを振り向いたが、既にその姿はなく、店の扉が閉まるところだった。
釈然としない思いを抱えつつも、会計を終えたエドガーに連れられてロゼッタは雑貨店を後にした。
「普段こういう店には滅多に来ないからね。僕もつい買いすぎてしまったよ」
両手に紙袋を抱えたエドガーが満足げに笑う。
「私の分までこんなにたくさん、ありがとうございました。大切に使わせていただきます」
「どういたしまして。それじゃあ、そろそろお昼にしようか」
「はい」
「ロゼッタさーん、起きてくださーい」
「は、はい」
ロゼッタが慌てて扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべたミラベルが仁王立ちしていた。その足元には大きなトランクが置かれている。
「ミラベルさん、旅行にでも行くんですか?」
「いえ。今日は宰相様とデートとお聞きしましたので、ロゼッタさんにぴったりの服をご用意しました」
「デ、デート? 違いますよ、ただお休みが被っただけで……」
「さあ、バッチリお洒落をしましょう。私に任せてください!」
人の話を全然聞いてくれない。戸惑うロゼッタを尻目に、ミラベルははち切れんばかりに膨らんだトランクの取っ手を掴み、引きずるようにしてズカズカと室内に入り込んだ。
部屋の中央でトランクの鍵を外すと、中に詰め込まれていたのは、何着もの可愛らしいワンピースだった。
さらに次々と姿を現すバレッタやリボンの山は、もはや執念さえ感じられる。ミラベルの尋常ではない意気込みに、ロゼッタは思わず息を呑んだ。
「ミラベルさん、気持ちは嬉しいんですけど……」
「可愛さに全振りして、こちらなんてどうでしょうか」
「うっ」
ミラベルが手に取ったのは、フリルをふんだんにあしらわれたピンクのワンピースだった。腰には巨大なリボンが付いていて、まさに春の妖精といった一着である。
(シャロンが好きそうなデザインだわ)
可憐を地でいく妹の姿を思い浮かべながら、ロゼッタは全力で試着を拒否した。こんなものを着て街中を歩く勇気など持ち合わせていない。
「では、ロゼッタさんのプラチナブロンドが映えるネイビーにしましょう。あ、でも季節的に爽やかなミントグリーンも捨てがたく……うーん、大人っぽさを出すならラベンダーに……」
職人さながらの渋い顔で熟考していたミラベルだったが、ハッとしたようにトランクの奥に手を伸ばす。透明感のあるアイスブルーのワンピースが、ロゼッタの目の前でふわりとなびいた。
「やっぱりロゼッタさんには、清楚さが際立つこのデザインがぴったりだと思います」
「は、はい」
「こちらに着替えたら髪もバッチリ仕上げますね。妥協なんて許されませんから」
櫛とカーラーを構えたミラベルが真剣な顔つきで両手をクロスさせる。どうやらロゼッタが解放されるのは、まだまだ先になりそうだった。
それから約二時間後。
ロゼッタは待ち合わせ場所の正門でエドガーを待っていた。その表情は緊張でわずかに強張っている。
(これって本当にデートなのかしら。ううん、ミラベルさんがひとりで盛り上がってるだけよね)
ぐるぐると考えを巡らせていると、向こうからエドガーが歩いてくるのが見えた。
「おはよう、ロゼッタ。待たせてしまったかな」
「いえ、私もさっき来たばかりですから」
今日の彼は、グレーの薄手のジャケットに黒いパンツを合わせた都会的でシンプルな着こなしだった。何気ない装いであればあるほど、かえって本人の容姿の良さを存分に引き立たせていた。
(この人って立っているだけで、絵になるんだわ)
ロゼッタが瞬きを忘れてまじまじと見惚れていると、エドガーもまた、こちらをじっと見つめていることに気づいた。
「エドガーさん?」
不思議そうに首を傾げたロゼッタに、エドガーは優しく目を細めて言った。
「いや、今日の君は一段と可愛いと思ってね。そのワンピース、よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
至近距離で微笑みかけられ、ドクンと心臓が大きく跳ねた。異性に容姿をストレートに褒められるなんて初めてのことで、反応に困ってしまう。
「えっと、今日のエドガーさんの服装も素敵です」
「ありがとう。これ以上褒め合っていると日が暮れてしまいそうだ。そろそろ行こうか。今日は一日、思いっきり楽しもうね」
「はい、よろしくお願いします」
ふたりはにこやかに笑い合うと、馬車に乗り込んで王都へと出発した。
晴天に恵まれたこの日、大通りはたくさんの人々で賑わっていた。身分を問わず、誰もが気ままに楽しんでいる。
「まずはどこへ行こうか。君の行きたいところ、どこへでも連れて行くよ」
「どこでもいいんですか?」
「もちろん。ただし、図書館以外でね。あそこは午後にゆっくり行くことにしよう」
リクエストを聞かれ、ロゼッタは窓の外に目を向けた。服飾店、宝石店、花屋……女性が好みそうな華やかな店が多く立ち並んでいる。けれどロゼッタの興味を引いたのは、通りの片隅にある小さな雑貨店だった。
「それなら、あのお店に行ってもいいですか? 新しい栞が欲しかったんです」
「奇遇だね。僕もちょうど、新しい羽ペンを新調したいと思っていたところなんだ」
エドガーが御者に指示を送ると、馬車は雑貨店の前で止まった。
店内に足を踏み入れた瞬間、鼻先をくすぐるインクの独特な匂い。棚には黒だけでなく赤、青、緑など色とりどりのインク瓶が整然と並んでいる。
(この国では、いろんな色のインクが手頃な値段で手に入るのよね)
エリアン王国では、黒色以外のインクは非常に高価な品だった。そのため、祖父のオーヴァンも「金の無駄遣いじゃ!」と言って、頑なに黒しか使わなかったのを覚えている。
仕事用のインクは王城から支給されているが、色を使い分ければ、製本の作業効率がもっと上がるかもしれない。ロゼッタは数色のインクをカゴに入れると、栞コーナーに向かった。
「すごい……」
栞といえば木材や羊皮紙で作られたものが一般的だが、この店には真鍮製の栞も多く取り扱われていた。薄く打ち延ばされた真鍮には様々な模様が刻まれていて、先端にリボンが飾り付けられている。
けれど、当然ながらお値段もなかなかのものだ。
(お金に余裕はある……けれど、衝動買いはよくない。うん、絶対よくない)
梟がデザインされた一枚に手を伸ばしかけ、なんとか自制して引っ込めようとした時だった。
「その梟が気になるのかい?」
背後からエドガーに声をかけられ、ロゼッタは小さく頷いた。
「あ、はい。可愛いなって」
「うん、このくりっとした目と丸っこいフォルムがいいよね。よし、決まりだ」
そう言って、エドガーは梟の栞を二枚取った。
「こっちの紫色のリボンは君に。この琥珀色のは僕が使うよ」
「そ、そんな悪いですよ。自分で買いますから」
エドガーに買ってもらう流れになり、ロゼッタはなんとか断ろうとする。
「いつも君には助けてもらっているからね。これくらいは日頃の感謝として、僕に贈らせてくれないかな。もちろん、そっちのインクもね」
カゴをひょいと手に取り、エドガーが足早にレジへと歩いていく。あまりのトントン拍子な展開に、ロゼッタはただ焦るばかりだった。
「エドガーさ……っ」
その時、前方から大量の袋を提げた先客がロゼッタの脇を通り過ぎていった。
(あれ? 今のって……)
見間違いだろうか。後ろを振り向いたが、既にその姿はなく、店の扉が閉まるところだった。
釈然としない思いを抱えつつも、会計を終えたエドガーに連れられてロゼッタは雑貨店を後にした。
「普段こういう店には滅多に来ないからね。僕もつい買いすぎてしまったよ」
両手に紙袋を抱えたエドガーが満足げに笑う。
「私の分までこんなにたくさん、ありがとうございました。大切に使わせていただきます」
「どういたしまして。それじゃあ、そろそろお昼にしようか」
「はい」