国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
「ルルー……って、まさか、あのイライザ・ルルーですか?」
あからさまに動揺するロゼッタの様子に、司書は行列の先を指差した。
「知らなかった? 今日はここで彼女のサイン会をやってるんだよ」
「本当ですかっ!?」
「彼女が新刊をうちに寄贈してくれることになってさ。その縁で、特別に開催が決まったんだ」
イライザ・ルルー。あの『時の剣』シリーズの原作者だ。ロゼッタの頬が興奮で赤く染まり、心臓の高鳴りも止まらない。憧れの作家から直接サインを貰えるなんて、ファンとしてこれ以上の幸せはなかった。
「あ。でも、整理券はもう配り終わっちゃったんだよね」
「そうですか……」
司書の一言で一気に現実に引き戻され、ロゼッタはがっくりと肩を落とした。
けれどその直後、目の前にすっと二枚のチケットが差し出される。驚いて顔を上げると、そこには得意げな笑みを浮かべたエドガーが立っていた。
「はい、整理券。実は昨日のうちに手配しておいたんだ」
「エドガーさん……!」
思いがけないサプライズに、ロゼッタは感極まってエドガーの手をがっしりと握り締めた。
「こんなに喜んでくれるなら、用意した甲斐があったよ。ほら、列が伸びる前に並ぼう」
エドガーは目尻を和らげ、優しい眼差しをロゼッタに向ける。
「は、はい」
我に返ったロゼッタはエドガーの手をぱっと離すと、顔を伏せたまま列に加わった。
(自分から男の人の手を握るなんて初めてだわ。しかも、あんなに力強く……)
手のひらにはまだエドガーの体温が残っていて、頬がじわじわと熱くなるのが自分でも分かる。
ロゼッタが気恥ずかしさに悶える間も、列は少しずつ進んでいく。順番が近づくにつれて、前方からは感嘆の声が漏れ聞こえてくる。サインを終えて至福の表情を浮かべるファンとすれ違うたび、ロゼッタの期待は風船のように膨らんでいった。
そして、ついに運命の瞬間がやってきた。
「初めまして、お嬢さん。今日は来てくれてありがとう」
銀髪を上品に結い上げ、丸い眼鏡をかけた老婦人が小首を傾げて柔らかく微笑む。細い金属製のグラスコードがチリンと繊細な音を立てて揺れた。
(この方がルルー先生……)
慈愛に満ちた穏やかな声が、心を深く震わせる。ロゼッタは顔を真っ赤に染めながら、深々とお辞儀をした。
「わ、私、小さい頃からずっと『時の剣』が大好きで……ルルー先生にお会いできて、本当に、本当に嬉しいです……!」
伝えたい言葉はたくさんあるが、後ろにはまだ長い列が続いている。ロゼッタは溢れ出しそうな想いを短い言葉に込めて伝えた。
「まあ、そこまで熱心に読んでくださっているのね。書き手として、こんなに誇らしいことはないわ」
ルルーはデスクに用意されていた厚紙を一枚手に取った。銀箔と押し花で彩られた、この日のために作られた特別な色紙だ。たっぷりとインクを含んだ羽ペンが、ルルーの名を鮮やかに綴っていく。
「はい、どうぞ。私の物語が、いつまでもあなたの良き友人でありますように」
色紙を差し出す彼女の指には、所々に硬いペンだこが刻まれている。この手が壮大な物語を紡ぎ出してきたのだと思うと、ロゼッタの目頭は熱くなった。
「先生の物語は、ずっと私の心の支えでした。これまでも、そしてこれからも……ずっと大切に読み続けていきます」
震える手で色紙を受け取り、ロゼッタはまるで壊れ物を扱うように、大切に胸へと抱き寄せる。瞼を閉じると、ぽろりと熱い雫が零れ落ちた。
あからさまに動揺するロゼッタの様子に、司書は行列の先を指差した。
「知らなかった? 今日はここで彼女のサイン会をやってるんだよ」
「本当ですかっ!?」
「彼女が新刊をうちに寄贈してくれることになってさ。その縁で、特別に開催が決まったんだ」
イライザ・ルルー。あの『時の剣』シリーズの原作者だ。ロゼッタの頬が興奮で赤く染まり、心臓の高鳴りも止まらない。憧れの作家から直接サインを貰えるなんて、ファンとしてこれ以上の幸せはなかった。
「あ。でも、整理券はもう配り終わっちゃったんだよね」
「そうですか……」
司書の一言で一気に現実に引き戻され、ロゼッタはがっくりと肩を落とした。
けれどその直後、目の前にすっと二枚のチケットが差し出される。驚いて顔を上げると、そこには得意げな笑みを浮かべたエドガーが立っていた。
「はい、整理券。実は昨日のうちに手配しておいたんだ」
「エドガーさん……!」
思いがけないサプライズに、ロゼッタは感極まってエドガーの手をがっしりと握り締めた。
「こんなに喜んでくれるなら、用意した甲斐があったよ。ほら、列が伸びる前に並ぼう」
エドガーは目尻を和らげ、優しい眼差しをロゼッタに向ける。
「は、はい」
我に返ったロゼッタはエドガーの手をぱっと離すと、顔を伏せたまま列に加わった。
(自分から男の人の手を握るなんて初めてだわ。しかも、あんなに力強く……)
手のひらにはまだエドガーの体温が残っていて、頬がじわじわと熱くなるのが自分でも分かる。
ロゼッタが気恥ずかしさに悶える間も、列は少しずつ進んでいく。順番が近づくにつれて、前方からは感嘆の声が漏れ聞こえてくる。サインを終えて至福の表情を浮かべるファンとすれ違うたび、ロゼッタの期待は風船のように膨らんでいった。
そして、ついに運命の瞬間がやってきた。
「初めまして、お嬢さん。今日は来てくれてありがとう」
銀髪を上品に結い上げ、丸い眼鏡をかけた老婦人が小首を傾げて柔らかく微笑む。細い金属製のグラスコードがチリンと繊細な音を立てて揺れた。
(この方がルルー先生……)
慈愛に満ちた穏やかな声が、心を深く震わせる。ロゼッタは顔を真っ赤に染めながら、深々とお辞儀をした。
「わ、私、小さい頃からずっと『時の剣』が大好きで……ルルー先生にお会いできて、本当に、本当に嬉しいです……!」
伝えたい言葉はたくさんあるが、後ろにはまだ長い列が続いている。ロゼッタは溢れ出しそうな想いを短い言葉に込めて伝えた。
「まあ、そこまで熱心に読んでくださっているのね。書き手として、こんなに誇らしいことはないわ」
ルルーはデスクに用意されていた厚紙を一枚手に取った。銀箔と押し花で彩られた、この日のために作られた特別な色紙だ。たっぷりとインクを含んだ羽ペンが、ルルーの名を鮮やかに綴っていく。
「はい、どうぞ。私の物語が、いつまでもあなたの良き友人でありますように」
色紙を差し出す彼女の指には、所々に硬いペンだこが刻まれている。この手が壮大な物語を紡ぎ出してきたのだと思うと、ロゼッタの目頭は熱くなった。
「先生の物語は、ずっと私の心の支えでした。これまでも、そしてこれからも……ずっと大切に読み続けていきます」
震える手で色紙を受け取り、ロゼッタはまるで壊れ物を扱うように、大切に胸へと抱き寄せる。瞼を閉じると、ぽろりと熱い雫が零れ落ちた。