国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

第十章 明るい未来に向かって

 それから瞬く間に時が過ぎ、ついに迎えた舞踏会当日。
 日が暮れるとともに、各国の賓客たちが続々と大広間へと案内されていく。

「皆様、よくぞお越しくださいました。パーティーを始める前に、まずはとっておきの催しをご覧いただきましょう」

 国王がぱちんと指を鳴らすと、それを合図にシャンデリアの明かりが一つ残らず消し去られた。突然暗闇に包まれた大広間に、何事かとどよめきが広がる。
 次の瞬間。
 ぽうっと淡い光が、闇の中でいくつも浮かび上がる。
 その光の正体は、鮮やかに咲き誇る色とりどりの花々だった。
 赤、青、黄金、白などの様々な色彩を宿した花びらが、柔らかなそよ風に乗って舞い上がり、会場を幻想的な輝きで満たしていく。
 息を呑むような美しさに招待客たちは言葉を失い、ただうっとりと頭上を見つめていた。会場の隅でその様子を見届けていたロゼッタは、確かな手応えにそっと口元を綻ばせる。

(上手くいったわ……!)

 寒冷地に自生している希少な植物であるこの花は、発光キノコに近い性質を持っている。
 寒冷地用作物の開発技術と引き換えに種子を譲り受け、ルミナリア王国の科学で光の量を強めるとともに、多彩な色を生み出すことに成功したのだ。
 そして魔導書の風魔法によって浮遊させ、この神秘的な空間を作り上げていた。

「それでは皆様、本日はごゆるりとお楽しみくださいませ」

 王妃の言葉とともにシャンデリアが灯されると、止まっていた時が動き出したかのように、会場は華やかな賑わいを取り戻していった。間もなく始まるダンスのために、独り身の客たちはパートナー探しを始めている。

(さて、どうしましょう)

 浮き足立つムードの中、ロゼッタは会場の隅にひっそりと佇んでいた。
 レオナールとの婚約期間において、公務に出席する機会など一度もなく、デビュタントさえ経験していないのだ。正直なところ、この煌びやかな喧騒にもついていけずにいる。

(魔導書の出番は終わったし、もう帰ってもいいかしら)

 こんな場所にいるくらいなら、静かな図書室で翻訳作業に没頭していたい。
 いよいよ退却を検討し始めた頃、不意に声をかけられた。

「ロゼッタ・ブランド―ル様ですよね?」
「え……あ、はい」

 薄茶色の髪を後ろに撫でつけた若い男性だった。白い歯を見せつけるように笑い、おもむろに右手を差し出してきた。

「お相手がいなければ、私と一曲いかがですか? 今晩、あなたにお会いできるのを心待ちにしていたのです」
「私と、ですか?」

 突然の申し出に戸惑っていると、今度は眼鏡をかけた知的な雰囲気の男が歩み寄ってきた。

「抜け駆けは感心しませんね。ロゼッタ様、今宵は是非私にお相手させていただけませんか?」
「……失礼。今、彼女と話しているのは私なのですが」
「早い者勝ちというわけではないでしょう? 選ぶ権利はロゼッタ様にあるはずです」

 男たちが静かに火花を散らし始め、ロゼッタは完全に蚊帳の外へと置かれてしまう。
 ひとりぽつんと立ち尽くしていると、四十代半ばの男性が、穏やかな笑顔で話しかけてきた。

「あなたが魔導書の完成に尽力したという文官殿ですね。噂はかねがね伺っておりましたが、これほど可愛らしい方だったとは。どうでしょう、私と少し語らいませんか?」
「え、ええと……」

 突如として訪れた人生最大のモテ期に、ロゼッタはただ狼狽えるしかない。ふいに、パーティーが始まる前に王妃から告げられた言葉が脳裏に蘇った。

『今やあなたは時の人ですもの。今夜はきっと、あなたを目当てに近づく御仁も多いでしょうね』

 その時は大げさだと軽く受け流していたが、王妃の予想は正しかったのだと思い知る。

(ダンスの作法なら妃教育で叩き込まれているけれど……)

 見知らぬ男性と踊るとなると、どうしても気後れが先立つ。
 逃げ場を求めるように周囲に視線を走らせると、ある一角にひときわ大きな人だかりができているのが見えた。

(エドガーさんだわ)

 今夜の想い人は、黒地に金の刺繍が映える正装を見事に着こなしていた。その周囲を、美しく着飾った貴婦人たちがにこやかに取り囲んでいる。さながら、甘い蜜に群がる蝶のようだ。
 若くして宰相の地位に上り詰めた彼を、諸外国で知らぬ者はいない。
 しかも独身とあれば、彼を射止めようとする者は後を絶たないだろう。
 誰もが優雅な笑顔の裏で、彼との一曲を勝ち取ろうと血眼になっていた。

(エドガーさんはどなたを選ぶのかしら)

 彼が誰かに手を差し伸べる光景を想像し、胸の奥がじくりと痛む。その瞬間を視界に入れるのが怖くて、ロゼッタはふっと視線を逸らした。

「すみません、少し人酔いしてしまったようで……外の風に当たって参りますね」
「大丈夫ですか? よろしければ、お供いたしますが」
「いいえ、お気遣いなく。どうぞ、パーティーをお楽しみください」

 同行を申し出る男を笑顔でいなし、ロゼッタは逃げるように人気のないバルコニーに向かった。見上げれば、雲一つない澄んだ夜空が広がっている。真っ黒の海にちりばめられた星屑が、一粒一粒儚い輝きを放つ。
 ひんやりとした風が頬を撫でる。この鬱々とした気持ちも、どこか遠くへ攫ってくれたら。そんな感傷を込めてロゼッタは静かに溜め息を零した。

「ロゼッタ?」

 ふいに背後から声をかけられ、ハッとして振り返ると、そこには息を切らせたエドガーが立っていた。
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