国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
「こんなところにいたんだね。会場のどこを探しても見当たらないから、てっきり部屋に戻ってしまったのかと思ったよ」

 そう言って、エドガーはロゼッタの隣に並び立った。

(私を探しにきてくれたんだわ)

 たったそれだけのことで、ロゼッタは頬が緩んでしまいそうになるのを必死でこらえる。

「君は踊らなくていいのかい?」
「こういう場は、少し苦手で……エドガーさんこそ、よろしいのですか?」
「僕も君と同じだよ。さっきもどうやって抜け出そうか困っていたんだけど、ユーグがうまく逃がしてくれたんだ」

 エドガーが楽しげに会場を指差す。
 視線の先には、優雅な手つきでピアノを奏でるユーグの姿があった。先ほどまでエドガーを取り囲んでいた女性たちも、その甘やかな調べにうっとりと聴き入っている。

「いつものことながら、なんでも完璧にこなしてしまう方ですね」
「まあ、ユーグだからね」

 ロゼッタの呟きに、エドガーは笑いながら相槌を打った。

「そのおかげで、久しぶりに君とこうしてゆっくり話すことができる。君に会えなくて、ずっと寂しかったんだ」
「……本当にそう思ってくださっているのなら、私はそれだけでとても嬉しいです」

 求めていたはずなのに、いざその言葉を向けられると、込み上げる喜びでいっぱいになり、胸の奥がじんわりと温かくなる。
 けれど次の瞬間、エドガーの口元から笑みが消えた。

「一つだけ、聞いてもいいかな。君はなぜ、時空旅行の魔法を魔導書に記さなかったんだい?」

 その問いに、ロゼッタの背筋は無意識のうちにぴんと伸びた。

「いや、違うんだ。責めているわけじゃない。君のことだから、何か深い理由があるんじゃないかと思ったんだ。もちろん、話したくないなら無理に聞くつもりはないが」
「大丈夫です。きちんとお話しすると約束しましたから」

 ロゼッタは意を決したように深く息を吸い込み、エドガーをまっすぐ見つめた。

「時空旅行は、あらゆる時間軸へ干渉できる魔法です。過去の歴史を塗り替えることも、未来の出来事をあらかじめ知ることもできてしまう。けれど、それは『現在』という時間が大きく一変してしまう恐れがあるのです」

 たとえば、誰かを転ばせようと道端に小石を置く。
 たとえば、届くはずだった他人の手紙を隠してしまう。
 たとえば、足元に咲いている一輪の花を摘み取る。
 些細な行動一つで、大勢の人々の未来がいとも簡単に変わってしまう。

「一歩違えば私自身の未来も大きく変わり、今もエリアン王国にいたかもしれません。仮にその運命を辿っていたとしたら、国王夫妻やミラベルさん、ユーグさん……そして、エドガーさんにさえ巡り会うことはなかった。今の幸せを失うことが、私はどんなことより恐ろしかったんです」

 結局のところ、魔法を隠していたことに大層な理由なんてない。ただ、自分の未来が壊れないように守りたかっただけだ。
 今回は運よくレオナールを止められたが、もう二度と時空旅行を使うつもりはない。

「なんとなくそうじゃないかと思っていたんだ」

 ロゼッタの告白を、エドガーは静かに受け止めた。

「たった一つの選択で、何もかもが変わってしまう。僕だったら、その恐怖に耐えかねて、魔法を使うことを諦めていたかもしれない。けれど君は違う。正しい形で運命を導いてみせた。ロゼッタ、君は自分が思っているよりも強い人間だよ」
「そう思っていただけるなんて、私は本当に幸せ者ですね」

 ロゼッタははにかむように口元を緩めると、釣られるようにしてエドガーにも笑みが零れる。

「たとえ、何かの拍子に運命が変わって、君がエリアン王国にいたとしても、その時は僕が必ず君を見つけ出してみせる」

 彼らしくなく、その声は微かに震えていた。
 大事に、自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出そうとしている。

「そして、一生僕の傍にいて欲しいんだ。朝も昼も夜も一緒に冒険譚を読んで……そんな風に、君と時を重ねていきたい」

 夜風に冷やされたはずの頬が、再び熱を帯びていく。
 鼻の奥がツンと痺れるように熱くなり、心臓が痛いほどに脈打つ。どうして私を、と喉まで出かけた問いをロゼッタは呑み込んだ。
 自分を愛おしそうに見つめる鳶色の瞳が、何よりの答えだからだ。

「一番好きなのは冒険譚ですけれど……たまには、他のジャンルも読みませんか?」

 ロゼッタは潤んだ瞳のまま、少しだけいたずらっぽく微笑んだ。

「あ、ああ……えっ?」
「だって、私たちの未来はずっと長いのですから。それだけでは、とても足りません」

 その言葉の意味を理解したのか、エドガーに力強く抱き寄せられた。

「愛してるよ、ロゼッタ。これからもずっと君と一緒にいたい」
「……はい」

 触れられた箇所が、火傷をしそうなほど熱い。
 人生は終わりの見えない物語だ。
 想いを通わせた時がゴールではなく、この先には数々の困難が待ち受けていることもわかっている。
 けれど幸せな結末を目指して、これからも歩き続けていきたいと思う。

「私もあなたを愛しています、エドガーさん」

 どちらともなく、ゆっくりと瞼を閉じる。
 互いの唇が重なる瞬間、エドガーが愛おしそうに微笑む気配がした。
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