君に届くのは、10分の1だけ

第7章 一ヶ月

律から次の連絡が来たのは、日が完全に落ちてからだった。

今終わった
会える?

その二行を見た瞬間、胸の奥が強く鳴った。

終わった。

その言葉の意味を考えたくないのに、考えてしまう。

私はすぐに返す。

会える
どこにいる?

少しして、返信が来た。

病院の近くの公園
ベンチあるとこ

私は鞄を持ち直して、駅へ向かった。

走るほどではないのに、気持ちだけが急いでいた。
電車を待つ時間が長い。
改札を出てからの道も、変に遠く感じる。

病院の近くの小さな公園は、前に一度だけ通ったことがあった。
遊具は少なくて、ベンチが二つあるだけの、静かな場所だった。

律は、その片方に座っていた。

街灯の下で見ると、顔が少し白い。
でも、目はちゃんと開いていた。

私はその姿を見た瞬間、少しだけ力が抜けた。

倒れていない。
座っている。
ちゃんとここにいる。

それだけで、まず安心してしまう自分がいた。

「……瀬川くん」

呼ぶと、律が顔を上げる。

「水瀬」

その声も、ちゃんと律の声だった。

私はベンチの前まで行って、それから少し迷って隣に座る。
距離は近すぎず、遠すぎず、そのくらいだった。

すぐには何も聞けなかった。

聞いたら、本当に言葉になってしまう気がしたから。

律も、すぐには話さなかった。

少しだけ前を向いたまま、膝の上で手を組んでいる。
その手が、珍しく落ち着かない動きをしていた。

私はそれを見て、
ああ、この人もちゃんと怖いんだ、と思った。

やがて律が、小さく息を吐く。

「検査結果、出た」

私はうなずく。

それしかできなかった。

喉が乾いて、声が出ない。

「病名とか、細かい話は正直まだあんまり頭入ってない」

少しだけ笑おうとしたみたいな顔をする。
でも、全然笑えていなかった。

「でも」

そこで律は一度、言葉を切った。

街灯の光が、ベンチの端を白くしている。
遠くで車の音がした。

そのあいだに、心臓だけがどんどんうるさくなる。

「……長くないって」

その一言で、胸の奥が冷たくなった。

分かりやすい言い方だった。
だからこそ、余計に痛かった。

私は何も言えないまま、律の横顔を見る。

律は前を向いたまま続けた。

「治療しても、たぶん難しいって」
「進むの、かなり早いらしくて」

小さく区切りながら話す。
先生から聞いたことを、そのまま落としていくみたいに。

そのたびに、私の中で何かが音もなく沈んでいく。

そして、律が言った。

「……一ヶ月くらい、だって」

その瞬間、頭の中が真っ白になった。

一ヶ月。

意味は分かる。
分かるのに、理解が追いつかない。

一ヶ月って、どのくらいだろうと思った。
来月。
四週間。
三十日くらい。

そんなふうに数字へ変えようとして、
でも変えたところで何も軽くならないことにすぐ気づく。

一ヶ月。

短すぎる。

短すぎて、言葉としておかしかった。

「……うそ」

気づいたら、そう言っていた。

責めるみたいな声になっていたかもしれない。

でも律は怒らなかった。

「俺も、最初そう思った」

静かな声だった。

「さすがに冗談だろって思ったし」
「なんか、聞いてるあいだずっと、他人の話みたいだった」

私は膝の上で手を握る。

指先が冷たい。
でも体の奥だけが変に熱い。

一ヶ月。

そんな短い時間を、
この人の未来に当てはめろと言われているみたいだった。

無理だ、と思った。

だって律には続きがあるはずだった。

描きかけの絵がある。
その次の絵もあるはずだった。
美大に行くつもりでいて、
将来の話を当たり前みたいにして、
そのたびに私は救われてきたのに。

一ヶ月。

その言葉は、それを全部切ってしまう。

「……やだ」

小さくこぼれた声は、自分でも驚くくらい子どもみたいだった。

律が少しだけ顔を向ける。

私はうつむいたまま、もう一度言う。
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