君に届くのは、10分の1だけ
第2章 放課後の色
律と話すようになってから、学校に行く理由が少し変わった。
今はそこに、ひとつ増えた。
今日は会えるかな、と思うこと。
それだけで、朝の気分が少し違った。
律は美術科だから、同じ校舎にいる時間は多くない。
でも、昼休みや放課後になると、渡り廊下や昇降口の近くで会うことがあった。
今日もいるかもしれない。
そう思う自分に、まだ慣れなかった。
ある日の放課後、私は昇降口で靴を履き替えたあと、すぐには外に出なかった。
靴箱の列の向こうに、見慣れた顔が見えたのは、その少しあとだった。
律は片手に大きな紙の筒を持っていた。
制服の袖に、少しだけ絵の具がついている。
それを見つけただけで、少しだけうれしくなった。
「瀬川くん」
呼ぶと、律が顔を上げた。
「水瀬」
名前を呼ばれるたび、胸の奥が少しだけあたたかくなる。
もう慣れてもいいはずなのに、まだ毎回、ちゃんと効いてしまう。
「今帰り?」
「うん。瀬川くんは」
「今終わった。課題」
そう言って、持っていた筒を少し持ち上げる。
「それ、絵?」
「んー、まあ」
少し濁した言い方だった。
私はそれ以上聞かないほうがいい気がして、黙った。
すると律のほうが、少しだけ笑って言った。
「見たい?」
思わず顔を上げる。
「……いいの?」
「完成してないけど」
その言葉に、なぜか少しだけ心が動いた。
まだ途中のものを見せてもらえるのが、うれしかった。
「迷惑じゃなければ」
「迷惑じゃない」
律はそう言って、顎で校舎の奥を示した。
「こっち」
私はうなずいて、そのあとをついていった。
美術科棟は、普通科の校舎より静かだった。
廊下の空気まで違う気がした。
少しだけ、絵の具と紙のにおいがする。
教室の前を通ると、扉の向こうに大きなキャンバスや石膏像が見えた。
普通科にはないものばかりで、少しだけ落ち着かなかった。
律は慣れた様子で、美術室の扉を開けた。
「どうぞ」
その言い方が少しおかしくて、私は小さく笑った。
「おじゃまします」
教室の中には、もうほとんど人がいなかった。
窓際の机に絵の具のチューブが散らばっていて、乾きかけたパレットが置いてある。
椅子の背にかけられたエプロンにも、何色もの跡が残っていた。
律は部屋の奥へ行って、立てかけてあったキャンバスをこちらへ向けた。
「これ」
私はその前で立ち止まった。
描きかけの絵だった。
まだ背景は途中で、塗られていないところもある。
でも、中央に描かれた光だけは、もう目を引いた。
川沿いの道。
夕方みたいな色。
風に揺れている木。
その全部の中に、やわらかい光が落ちていた。
今はそこに、ひとつ増えた。
今日は会えるかな、と思うこと。
それだけで、朝の気分が少し違った。
律は美術科だから、同じ校舎にいる時間は多くない。
でも、昼休みや放課後になると、渡り廊下や昇降口の近くで会うことがあった。
今日もいるかもしれない。
そう思う自分に、まだ慣れなかった。
ある日の放課後、私は昇降口で靴を履き替えたあと、すぐには外に出なかった。
靴箱の列の向こうに、見慣れた顔が見えたのは、その少しあとだった。
律は片手に大きな紙の筒を持っていた。
制服の袖に、少しだけ絵の具がついている。
それを見つけただけで、少しだけうれしくなった。
「瀬川くん」
呼ぶと、律が顔を上げた。
「水瀬」
名前を呼ばれるたび、胸の奥が少しだけあたたかくなる。
もう慣れてもいいはずなのに、まだ毎回、ちゃんと効いてしまう。
「今帰り?」
「うん。瀬川くんは」
「今終わった。課題」
そう言って、持っていた筒を少し持ち上げる。
「それ、絵?」
「んー、まあ」
少し濁した言い方だった。
私はそれ以上聞かないほうがいい気がして、黙った。
すると律のほうが、少しだけ笑って言った。
「見たい?」
思わず顔を上げる。
「……いいの?」
「完成してないけど」
その言葉に、なぜか少しだけ心が動いた。
まだ途中のものを見せてもらえるのが、うれしかった。
「迷惑じゃなければ」
「迷惑じゃない」
律はそう言って、顎で校舎の奥を示した。
「こっち」
私はうなずいて、そのあとをついていった。
美術科棟は、普通科の校舎より静かだった。
廊下の空気まで違う気がした。
少しだけ、絵の具と紙のにおいがする。
教室の前を通ると、扉の向こうに大きなキャンバスや石膏像が見えた。
普通科にはないものばかりで、少しだけ落ち着かなかった。
律は慣れた様子で、美術室の扉を開けた。
「どうぞ」
その言い方が少しおかしくて、私は小さく笑った。
「おじゃまします」
教室の中には、もうほとんど人がいなかった。
窓際の机に絵の具のチューブが散らばっていて、乾きかけたパレットが置いてある。
椅子の背にかけられたエプロンにも、何色もの跡が残っていた。
律は部屋の奥へ行って、立てかけてあったキャンバスをこちらへ向けた。
「これ」
私はその前で立ち止まった。
描きかけの絵だった。
まだ背景は途中で、塗られていないところもある。
でも、中央に描かれた光だけは、もう目を引いた。
川沿いの道。
夕方みたいな色。
風に揺れている木。
その全部の中に、やわらかい光が落ちていた。