君に届くのは、10分の1だけ

第4章 まだ途中

律の絵は、会うたびに少しずつ変わっていた。

最初に見たときは、まだ光があるだけだった。
川沿いの道と、夕方みたいな色と、風の気配。
それだけで十分きれいだったのに、律は何度見ても首をかしげた。

「まだ違う」

よく、そう言っていた。

私には何が違うのか分からなかった。
でも次に見ると、空や影や川の光が少しずつ変わっていて、
ちゃんと完成へ近づいていた。

付き合うようになってからも、私たちの毎日は急には変わらなかった。

学校で会う。
昼休みに少し話す。
放課後、一緒に帰る日がある。
メッセージが来る。

そういうことの積み重ねだった。

朝、昇降口で律を見つける。
そんなことを考えているうちに、律がいつも通りの顔で言う。

「おはよ、水瀬」

律は、付き合ったあとも律のままだった。

変に気取ったりしない。
急に距離を詰めすぎたりもしない。

でも前より少しだけ、自然に私の隣にいた。

秋が終わって、冬が来るころには、
私は美術科棟に行くことにすっかり慣れていた。

普通科の校舎を出て、少し静かな廊下を歩く。
絵の具と紙のにおい。
開いたままの扉。
床についた色の跡。

今はその空気に入ると少しほっとする。

「いた」

美術室の扉から顔を出すと、律がたいていそう言う。

私は笑って、「いるよ」と返す。

ある日、私はいつものように美術室の隅の席に座っていた。
律はキャンバスの前に立っている。

窓の外は、もう早く暗くなる季節だった。

筆を持つ手が動く。
少し離れて見る。
また近づく。
絵の具を混ぜる。

その繰り返しを、私は黙って見ていた。

描いているときの律は、少しだけ遠い。

「また見てる」

ふいに律が言う。

私は本を読んでいるふりをしていたけれど、たぶんあまり意味はなかった。

「見てない」

「見てる」

「……少しだけ」

そう答えると、律が笑う。

「最近そればっか」

「ほんとに少しだけだから」

「じゃあ、少しだけの感想ちょうだい」

私は立ち上がって、キャンバスの近くへ行く。

最初に見たときより、ずっと絵になっていた。

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