真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
「ここまでは、どこの店舗でもほとんど変わらないと思うのですが、質問はありますか?」
「いいえ、今のところ大丈夫です。分からないことが出てきたら、また教えてください」
「分かりました。では、今日の発注は私がしますが、来週からは店長がお願いします。そろそろ井上さんがストックの説明をすると思うので、店長はそちらへ行かれたらどうですか」
 北村さんが淡々と話す。
 本来なら彼女が店長となっていただろう。私に対していい感情を持っていないかもしれない。
 ただ、感情を表に出す人ではないので、なにを考えているかいまいち不明だ。
「ではそうします。北村さん、私は店長が初めてで不慣れなことも多いと思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 北村さんが頭を下げる。
 とりあえず今日のところは悪意を感じない。
 説明も丁寧だったし、うまくやれることを願おう。
 売り場に出るとふたりが接客中で、井上さんが早野さんにストック場所を教えていた。
「井上さん、私にも教えてくれるかしら」
「店長、もちろんです。指輪はこのガラスケースの下に、アルファベット順に並べています」
 商品にはシリーズごとにアルファベットと識別番号が付いている。
 手帳を取り出し、簡単な店内図を書いてからそこにストック場所をメモする。
 井上さんの説明を書き留める私の隣で、早野さんは並ぶアクセサリーの箱をじっと見ていた。
「早野さん、メモをしなくても大丈夫?」
「はい。だってアルファベット順に並んでいるんですよね」
「そうだけれど、シリーズごとにストック場所が違うから、初めのうちは覚えるのが大変だと思うわよ」
「大丈夫です。私、記憶力がいいですから」
 あっけらかんとした言葉に、私と井上さんは顔を見合わせる。
 新入社員は必ずといっていいほど、どこにストックがあるか分からなくて焦る。
 それにキャンペーンが始まり限定商品が多数入荷すると、ベテランでも戸惑うことがあるぐらいだ。
 かつて私も失敗をした経験があるから声をかけたのだが、早野さんは退屈そうに指先で髪をもてあそんでいる。
「……早野さん、髪型は自由だけれど、売り場で髪を触らないで。お客様の目にだらしなく映るわ」
「えー。でも今、誰も私を見ていませんよ?」
「売り場に立つときは、常に視線を意識して。見られていると思いながら振る舞ってください」
 少し口調を強めれば、早野さんは「はい」と答えたが、不満そうに口を尖らせている。……この子、大丈夫だろうか。
 私の想いに同調したかのように、井上さんが眉を顰めた。どうやらずっとこの調子らしい。
 井上さんがしかめっ面のまま、顔の前で指先を動かす。どうやら爪をアピールしているようだ。
「早野さん、ちょっと手を見せてくれるかしら」
「いいですよ」
 はい、と差し出してきた爪には、桜のネイルがされていた。
 ネイルは禁止されていない。むしろ指先を見られることが多いので、手入れを推奨されているぐらいだ。
 でもそれは接客に相応しいことが前提であって、過度に派手なものは禁止されている。
「可愛いと思いませんか。春らしく、桜満開にしてみました」
 赤をベースに、ぷっくりと桜の花が描かれている。それだけでなく、ところどころにビジューもあしらわれ、爪も規定より長い。
「早野さん、爪の長さは指先より五ミリまでと就業規則に書いてあるのを覚えている? それからこれは少し派手すぎるわ」
「えー。でもそれって店長の意見ですよね。店長の価値観で派手が地味か決めるのって、どうかと思いますぅ」
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