真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 
 第二章 ハイビスカスティ

 失恋をした次の日、私は「メゾン・エテルネル」の日本橋店で本格的に働き始めた。
 人事異動は四月一日付けだったが、暫くは引継ぎで前の店舗と日本橋店を行き来していた。
 今日からはシフトに組み込まれ、店長として売り場に立つ。
「おはようございます」
 売り場に行って声をかけると、数人から返事が返ってきた。
 今日の出勤者は七名で、うち早番が四名だ。
 副店長の北村さんが私のところへやって来る。年齢は私の二歳年上。年上の部下は少しやりづらく、身体に緊張が走る。
「店長、さっそくですが、台帳や書類について説明してもいいでしょうか」
「ぜひお願いします。あっ、新入社員の早野さんは、それらについてもう知っているかしら?」
 知らないなら一緒に聞こうと思ったのだけれど、彼女は昨日説明を受けたらしい。今日は商品について教える予定だと、北村さんは教えてくれた。
「教育係は三年目の井上さんです。商品のストック場所の説明は店長も一緒に聞かれますか?」
「はい、そうします」
 扱っている商品はどの店舗でも同じだけれど、書類の保管場所やストックの仕方はそれぞれの店舗によって微妙に違うから、異動のたびに覚え直さなくてはいけない。
 扉を開けてバックヤードに入ると、左側に細長い作業台とレジがあり、右側にはパソコンデスクと更衣室へつながる扉がある。
 北村さんが作業台の上にあるタブレットを手にする。
「これはどこの店舗でも一緒だと思いますが、商品台帳と適正在庫はこのファイル、発注表と入荷台帳はこれです」
 タブレットを受け取り台帳を開く。写真付きの一覧が画面に表示された。
 以前いた店舗は可愛らしいデザインが人気だったけれど、日本橋店はシンプルで落ち着いたデザインがよく動いている。前店舗よりターゲット年齢が上のようだ。
 最後に顧客台帳にさっと目を通し、上位顧客が何人いるかを確認する。
「すごい。上位顧客が三十人もいらっしゃるんですね。前の店舗の倍です」
「日本橋ですからね。あと、こちらが指輪に入れる刻印のオーダー表。それからティアラの貸し出し表です」
 メゾン・エテルネルの主力商品はエンゲージリングとマリッジリングだ。指輪の裏にイニシャルや日付けを刻印する場合が多い。
 オーダー表にはサイズだけでなく、刻む文字なども記入する。
 ティアラは最近始めたサービスだ。
 一般的に、ティアラはドレスと一緒に手配される。
 だけれど、メゾン・エテルネルのマリッジリングを購入したお客様から「ティアラの取り扱いはないか」という問い合わせが多数あった。
 そこで、レンタルを始めたのだ。
 ティアラは全部で三種類で、貸出金額は八万円。本社が管理していて、結婚式の日に合わせて直接式場へ届けられる。
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