真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 あのときはたしかエンゲージリングの下見をしていたはず。まだ購入には至らなかったけれど、帰り際に早野さんがカタログを手渡していた。
 だけれど、その隣にいる女性は……。
 俯いているせいで、ゆるやかに巻いた髪が顔にかかり表情が見えない。
妙に気になったので、彼女の顔が見える位置に立ち、商品を整理する振りをしてそっと視線を配る。
――やっぱり、あのときの女性じゃない。
 一週間前に男性と一緒に来店した女性は、肩までのストレートでどちらかといえば大人しそうな雰囲気の人だった。
 でも今いるのは、茶色い髪に華やかなメークをした女性だ。
 女性は髪型とメークで印象が変わるけれど、明らかに別人。だけれど、これは珍しくない。
 家族と一緒に来店して結婚五周年のリングを購入した男性が、翌日別の女性を腕に下げてシレッと店に現れる、なんて話はよく聞く。
 もちろん私たちは知らない振りをして、初めてのご来店であるかのように接客をする。
 さっと視線を巡らすと、昨日出勤した販売員は木村さんと井上さんだけ。ふたりとも他のお客様を接客しているけれど、件の男女には気づいているようだ。
 あのふたりなら大丈夫かと安心したところで、バックヤードから早野さんが出てきた。
 まずい、と思った瞬間、早野さんの明るい声が店内に響く。
「あっ、先週エンゲージリングをご覧いただいた丸山様ですよね。今日はネックレスをお探しですか? あっ、お連れの女性、髪型を変えられたのですね。先週は黒髪のストレート……」
 それ以上話させてはいけないと、私は早野さんとお客様の間に滑り込む。
「いらっしゃいませ。ネックレスをお探しですか? こちら、夏の新作でございます」
 ネックレスを取り出すと、ガラスケースの端に置いてある夏の新作カタログを手にする。
「初めてご来店いただいた方にお渡ししております。お荷物にならなければ、どうぞお持ち帰りください」
 自然な笑顔を貼り付けながら、ふたりの前にカタログを置く。
 顔とは反対に背中はびっしょりと汗を搔いていた。
 どうにかこれで誤魔化せればと、心臓がばくばくする。
 女性が怪訝な顔をしながらカタログに手を伸ばそうとしたときだ、早野さんが再び口を開いた。
「店長、そのカタログは先週きちんとお渡ししましたよ」
 きちんと、のところをあえて主張した口ぶりは、早野さんが何度かお客様にカタログを渡すのを忘れていたのを注意したからだろう。
 そうではない! と心の中で叫ぶ。
「ちょっと、直人、どういうこと? あなた、先週もこのお店に来たの? それにエンゲージリングってなに?」
「ち、違う。そこの店員が勘違いしているだけだ」
「そんなはずないでしょう。だって彼女『丸山さん』ってあなたの名前を言ったもの。ねぇ、そこのあなた、彼と一緒にこのお店に来たのってどんな女なの?」
 詰め寄られ、やっと自分の間違いに気がついたようで、早野さんは顔を青くする。
 口を開こうとするけれど、言葉が見つからないようだ。
 すかさず私は頭を下げる。
「申し訳ございません。別のお客様と間違えてしまったようで。不快な思いをさせてしまいお詫び申し上げます」
 そんな私に向かって、さっきお渡ししたカタログが投げつけられた。
 額にバシッと当たり、鈍い痛みが走る。
「誤魔化さないで! 名前まで呼んでおいて勘違いが通じるはずないでしょう。もういい。直人、あなたとの婚約はなかったことにしましょう」
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