真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 落ち込んでいたタイミングで叔母さんからアパートを好きにしていいと言われ、思い切って一階をリフォームしてカフェにしたと教えてくれた。
 会社を辞めると言ったときは、周りから随分反対されたらしい。
 隼人くんに頼り過ぎていたと社長は頭を下げ、業務改善を約束してくれたけれど、そのまま在籍する気にはなれなかったそうだ。
 いつも朗らかに笑っている隼人くんからは、ちょっと想像できない過去だった。
 重くなった空気を察したのか、隼人くんがいつものようにニカっと笑う。
「香帆さん、夏に向けてデザートも始めたいんだけど、どう思う?」
「いいと思う! せっかくだからハイビスカスを前面押ししたらどうかな。たとえばハイビスカスティにゼラチンを加えてゼリーにするとか。一番下がワインレッド色で、その上にレモン汁を加えてピンク色になったハイビスカスティを重ねるの。で、さらにその上に寒天の白を加えても綺麗だし、生クリームもいいと思う」
「そのアイデア採用!」
 隼人くんがビシッと親指を立てる。
 即決すぎない? と苦笑いしてしまう。
「採用料金は普段の三割マシです」
 指を三本たてると、隼人くんは目を見開いたあと、くしゃりと笑った。
「いいよ。そのかわりゼリーの試作品も食べてよ」
「もちろん。食べないとコメントを書けないからね」
「ということは、ゼリーにもコメントをつけてくれるんだ。助かるよ」
 嬉しそうな表情に、心が動く。ダメ、ここはときめくところではない。
 動揺を悟られないように、私はハイビスカスティをあえてゆっくりと飲む。
 そんな私に気づかないようで、隼人くんは「それでグラスなんだけれど」と話題を戻しながらタブレットを私にも見えるように置く。
 さらに、ごく自然な仕草で右手を私の椅子の背もたれに回してきた。
 急に近づいた距離に、身体がびくっと反応してしまう。
 それに気づいた隼人くんが、「ごめん」と距離を取り直してくれた。
 いい年をして、これぐらいで慌てる自分が恥ずかしい。
 変に意識しすぎている自分を隠すように、私は「ごめん」の声が聞こえなかった振りをしてタブレットを覗きこんだ。
「沢山種類があるんだね」
「そうなんだよ。ハイビスカスティの色を楽しんでほしいからシンプルなものがいいんだけれど、あまりにも飾りっけがないグラスは安っぽいかなって」
「そうね。切子細工のような模様は却って邪魔かも。この細長いものか、反対に洋ナシのように下がぷっくりしたグラスはどう?」
「なるほど。香帆さんはどっちのほうが好き?」
 一度は距離をとった隼人くんが、私の顔を覗き込みながら聞いてきた。
 至近距離でのこの質問は、いやでもドキッとしてしまう。
 それを分かってやっているのだろうか。もしくは完全に無意識で女性として見られていないのか……多分後者だろうな。
「……そうね。ぷっくりしたデザインが可愛くて好きかも」
「じゃ、それにしよう」
「えっ、もう決めていいの? もっといろんな人の意見を聞いてみたら? あっ、よかったら今度、若菜も連れてくるよ」
 若菜とはあれから何度も会っていて、TUKUYOMIにも数回訪れている。
 隼人くんにも紹介済みだ。
「沢山の人の意見を聞くと迷っちゃうから。それなら信用できる人の意見ひとつで充分だよ」
 そう言うと、隼人くんはタブレットを操作してさっそく注文を始めた。コースターはハイビス柄をすでに選んでいて、カートに入れているそうだ。
「ひとまず十五個ぐらいでいいかな。足りなければまた注文すればいいし」
「ゼリーを入れるグラスはどうするの?」
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