真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 名前を知らなくても友達になれる。
 話を聞いたときはそんな単純な人間関係に、憧れすら感じた。
「私と友達になったらいいことあるよ」
「たとえば?」
 そう言いながら、隼人くんはこれ見よがしに私の前でグラスを揺らした。グラスはひとつ。隼人くんは飲まないようだ。
「小さい頃からここに住んでいるから、地元情報に強い」
「それはちょっと惹かれる。でも友達認定にはまだ足りないな」
 隼人くんはポケットからスマホを出すと、この町の名前を入力した。
どばっと沢山の情報がそこに文字として並ぶ。
悔しいけれど、数ではスマホに負ける。
「お酒が好きだから、お取り寄せのおつまみに詳しい」
「いいね。じゃ、今度はそれをつまみに一緒に飲もう」
「今度」のフレーズには、親密さを増す響きがある。
 隼人くんはグラスを揺らすだけで、まだ私に手渡す気はないようだ。
「じゃ、エンゲージリングを友人割引で手配してあげる」
「うーん。まずは恋人を作らないとな」
 隼人くんが私を見つめる。その視線に甘さが加わったように感じた。
もしかしたら好意を向けられているのかもしれないと、少しだけ思う。
 でもそうだとしても、それを真正面から受け止めるほど、私の心は回復をしていない。
「仕方ない。スリーサイズを極秘で教えてあげよう」
「友人決定。はいどうぞ」
 笑いながら隼人くんが私にグラスを渡してくれる。
 冗談に逃げてしまったのをどう思われただろう。
 受け取ったお酒は爽やかな香りがした。レモングラスの割合が多いのかもしれない。
「飲みやすい。そして美味しい!」
「気に入ってくれてよかった。それでスリーサイズは?」
「えーと。三十センチ、三十センチ、三十三センチかな?」
「……ちなみにそれは誰の?」
「我が家の飼い猫。この前測ってみたの」
 なんで測ろうと思ったんだよ、と隼人くんはケラケラと笑う。理由はない。ちょっと暇だっただけだ。
「ヒップが微妙にでかい」
「そうなの。思わず二回も測っちゃった」
「見る限り、細いのに」
 隼人くんの視線が私のお尻に向けられる。
思わずばしっと腕を叩いてしまった。
「猫の話よ?」
「分かってる。三十センチはあり得ないだろう」
 そう言って隼人くんは笑うと、もう一度スマホを手にした。
「で、友達になったんだから、連絡先を教えて」
「いいよ。お酒飲んじゃったしね」
 軽いノリに合わせるように答えたけれど、心臓がバクバクとしている。
 この流れはどう捉えたらいいのだろう。
 連絡先を交換して時計を見ると、すでに深夜一時半になっていた。 
「送っていくよ」
「えっ?」
「俺の我儘に付き合わせて遅くなっちゃったから。家はどのあたり?」
 初めてこの店に来たとき以外は、終バスに間に合うように帰っていた。
 そんな私を心配してくれたのだろう。隼人くんはちょっと待ってというとカウンターに戻って鍵を手にする。
「タクシーを拾うから大丈夫だよ」
「でもこの時間はタクシーがつかまらないかもしれない。呼ぶにしても時間がかかるし。それならバイクで送ったほうが早いよ。俺は酒を飲んでいないから問題ない」
「バイク、運転できるの?」
 私の問いに、隼人くんはちょっと自慢げに手にしていた鍵を見せる。
「俺の愛車。ふたり乗りが怖いなら無理にとは言わないけれど」
「大丈夫! 一度バイクに乗ってみたいと思っていたんだ」
 風を切る姿が格好良いと思っていた。
とはいえ、自分で運転しようと考えたことはない。
「それならよかった」
 ふたり揃って入口を出て、隼人くんがお店の鍵をかける。
 電気は消していたけれどグラスはそのままだから、多分私を送ったあとまたお店に戻るつもりなんだろう。
 ふと、店の前にあるブランコが目に留まった。
「前から思っていたんだけど、どうしてここにブランコがあるの?」
「癒し?」
「たまにひとりで乗ったりとか?」
「うーん、ほぼ毎日座ってるかな?」
 なにそれ、と笑う私に隼人くんはヘルメットを手渡してきた。
 バイクの後ろに跨ると、落ちないように掴まってと言われる。
 すぐにバイクは走りだした。
「ひゃぁ!」
「大丈夫?」
「へ、平気」
 原付バイクすら乗ったことがないから、風が直接肌に当たる感覚に驚いてしまう。
 バイクは南口へと向かい、そこからは大通りを進む。この時間は殆ど車もない。
 ……思ったより密着するな。
 隼人くんの身体に手を回すのだから、ある程度は予想できていたけれど。
 広い背中はやはり男の人だなと思ってしまう。
 伝わる温もりにドギマギとしていると、バイクはすぐに私の家の前まで来た。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「……それじゃ、おやすみ」
 密着していたせいで、顔が熱い。
 火照った顔を見られないようにお礼を言って立ち去ろうとすると、ふいに腕を掴まれた。
「香帆さん」
「はい」
「……カフェで話していたときはまだ早いかなと思ってやめたんだけれど。でもやっぱり俺としてはもう少し香帆さんに踏み込みたい。ダメ、かな?」
 夜風が隼人くんの髪を揺らす。
 真剣に見つめられて、鼓動は今日一番速くなった。
「……ダメ、ではないと思う」
 暫くの沈黙のあと答えると、隼人くんは「本当に?」と声を弾ませる。
 その喜びように、自然と口元が綻ぶ。
「それじゃ、俺とはお友達プラスαぐらいからでどう?」
「なにそれ。でも、分かった」
 ちょっとだけ、私たちの間の空気が濃くなる。
 これぐらいのペースが今の私には心地よい。
 沈黙が照れくさくなって、私は隼人くんに「じゃ、おやすみ」と手を振る。
「うん。ハイビスカスティのゼリーができたら、試食を頼むよ」
 手を振りながら別れ、私は浮かれている自分に苦笑いをする。
 相手は結婚願望のない三歳年下の男性だ。
 つい、お友達プラスαを認めてしまったけれど、このまま恋に進むには躊躇いがある。
 それなのに、胸はいつまでもドキドキしていた。
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