真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
「初めにストック場所を教えてもらったときにメモを取らないから、こんなことになるんじゃない? 私、早野さんがメモを取っている姿を見たことがないけれど、他にも記憶が曖昧になっていたりしない?」
「えー。大丈夫ですよ! だって私、記憶力いいですから」
 あっけらかんとした言葉に、井上さんと顔を見合わせる。
反省をしないのが、一番の問題だと井上さんの顔は言っていた。
「自分を過信しすぎるのは危険よ。毎日していることでもうっかり忘れるときもある。それから滅多にしない業務――たとえばティアラの予約とか、そういうのはメモしておかないと、いざというとき困るのは早野さんよ」
「はーい、分かりました。あっ、売り場が忙しそうなので私、出ます」
 ちょうど他の販売員がお会計のためバックヤードに入ってきた。売り場の賑わいに気づいた早野さんが、まるで逃げるかのように内扉から出ていく。
 それに続くように、井上さんが内扉をしっかりと閉めた。こうすると、バックヤードの声は売り場に聞こえない。
「店長からも、早野さんにもう少し強く言ってくれませんか?」
「そうね、今度ゆっくり話す時間を作るわ。早野さんの接客態度はどう?」
「時々商品説明に戸惑う様子はありますが、愛想はいいです。気配りもできるので、そこは問題ないと思うんですけれど……」
「もう少し業務に責任を持つ必要があるわね」
 私の言葉に井上さんは神妙に頷く。
 売り場に立つ以上、お客様にとって販売員がメゾン・エテルネルの顔となる。入社三ヶ月とか関係ないのだ。
 今日は土曜日なので接客を優先させたい。平日、早野さんと話す時間を取ろうと考えながら、私も売り場へと向かった。

 遅番だと、残業しなくても帰宅は十時近くになる。
 疲れたと思いながら玄関を開けた私は、そこで足を止めた。男物の靴が一足、そこにある。父が帰って来るのはまだ先だ。
 不審に思いながら靴を脱いでいると、リビングから笑い声が聞こえてきた。この声は……。
「お母さん、誰か来ているの?」
 嫌な予感と一緒に扉を開けると、そこにはダイニングテーブルに向かい合わせで座る悠磨と母の姿があった。
 しかも、悠磨の膝で飼い猫のみうがくつろいでいる。
 身体がすっと冷たくなる。どうしてここに悠磨がいるの?
「お帰り。最近悠磨さんの話をしないと思っていたら、あなたたち喧嘩をしたんだって?」
「違っ……」
「早く仲直りしなさい。悠磨さんはあなたが携帯にも出てくれないと言って、わざわざ家まで訪ねてくれたのよ」
 呑気なお母さんの態度に私は言葉を失う。
 喧嘩? そんな軽いものじゃない。私と悠磨の中は決定的にダメになっている。
「香帆、少しでいいから話がしたいんだ」
「あらあら、そんなこと言わずにゆっくりしていくといいわ。そうだ、なんなら今日は泊まっていく?」
 久しぶりに悠磨に会って浮かれているお母さんが、私の感情を逆撫でする。
 悠磨を気に入っているお母さんに別れたと言ったらどんな小言を言われるだろうと憂鬱になって、話すのを先延ばしにしていたのが悔やまれる。
 かといって、今ここですべてを話しても事態をややこしくするだけだ。
「悠磨、私の部屋でもいい?」
「うん」
 さすがに悠磨の声は堅い。
 私はお茶を用意するというお母さんに「いいから」とだけ言って、階段へ向かった。
 二階の自室に入るなり、悠磨は突然頭を下げた。
その姿を見ても、私の気持ちは冷めたままで感情は揺らがない。
「どうして家に来たの?」
「香帆が電話に出てくれないから」
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