真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 たとえそこに謝罪の言葉があったとしても、私の気持ちを慮ってはいない。
 彼にとって世界の中心は自分なのだ。
「悪いこと言わないから、悠磨さんはやめときな」
「そうだようね。私もそう思うんだけれど、母親からの『よりを戻しなさい』圧が半端なくて。そう言われ続けると、私が間違っているのかなと思ってしまう。この前なんて、結婚と恋愛は別なんだから冷静に判断しなさいって言われた」
 私のため息に、若菜がストローでグラスの氷をかき混ぜる。
 それから頬杖をついて私を見る。
「じゃ、視点を変えよう。隼人くんのこと、どう思っているの?」
「えっ、急にそっち?」
「悠磨さんのことで煮詰まっているなら、違う方向から考えるの」
 うーんと言葉を探しながら、私はスプーンをお皿に置く。
そして「実は」と前置きしたあとで、日本橋で見た隼人くんと女性の話をした。
「ごめん、なんか後出しみたいになっちゃった」
「それは別にいいけれど。うーん、でも、一緒に歩いていただけで浮気認定は厳しすぎない?」
「そんなっ、認定なんてしていないよ。ちょっともやもやしているだけで……あっ」
 慌てて口を噤んだけれど、もう遅い。
 若菜の口がにまっと弧を描く。
「ふーん。もやもやするんだ」
「……そりゃするでしょう。あれだけ思わせぶりな発言をされて、他の女性と歩いていたんだから」
「そうかそうか。もやもやするか」
「しつこいっ!」
 再びスプーンを口に運び出した私を、若菜が面白そうに眺める。
「隼人くんって、ハーブティーカフェだけで生計を立てているの? その割には週に三日しかオープンしていないけれど」
「あー、なんか副業? をしているって聞いた。内容までは知らないけれど」
「そうか。飲食店が三年以内に潰れる可能性って七十パーセントらしいよ。ネット情報だからソースは分かんないけれど、香帆のお母さんは反対しそうだよね」
「うん。あの人はエリート思考が強いから。有名大学を出て大企業に就職、もしくは難関資格取得。そういう肩書がすべてなの」
 私に打算がないとは言わない。
 単純に結婚相手として考えるなら、悠磨は将来安泰だろう。
でも、もうあの頃のような好きという感情はない。
 若菜がジュースを一口飲んで、考えるように口を開いた。
「なんか、今の時代って面倒だよね。ほら、ひと昔前までは有名大学出身、大企業就職が勝ち組って感じだったじゃない。でも、今はいろんな生き方が認められ、女性が結婚後も働くのが当たり前になった」
「うん。夫に求めるのは収入じゃなくて、一緒に家事子育てをしてくれる生活力って考えもあるよね」
「そうそう。いろんな形が認められるからこそ、なにを選択するのが正しいのか分かんなくなっちゃうんだよね」
 そもそも、結婚しない人も多い。
結婚しても子供を持たない選択肢だってありだ。
「結婚願望のない私にとって、その考えは有難いんだけれど。でも、これが普通だっていう指針があった時代のほうが、迷うことが少なかったんじゃないかなと思うときもある。もっとも、それはそれで生きにくそうだけれど」
 若菜に結婚願望がないのは、モラハラな父親を見てきたのが原因らしい。
 母親は離婚後パートを始めたけれど、結婚しているときは専業主婦で、理不尽な夫の言動にいつも耐えていたそうだ。
 高校生のとき、若菜は母親から「あなたと弟がいるから離婚できない」とよく愚痴られていた。だから、彼女が看護師を目指すと聞いて、手に職をつけたいんだとストンと納得した。
「なにが正しいんだろう、って思ってしまう。正しい、間違いなんてないのにね」
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