真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで


とはいえ、いつまでもトイレにいるわけにはいかない。
 扉を開け、鏡の前で自分の顔をたしかめる。アイラインが滲んだ目元をティッシュで拭き、涙のあとがないのをたしかめてから電車に乗る。
 とてもじゃないけれどまっすぐ家へ帰る気にはなれず、スマホを取り出した。
 時間は十時。小学校から同級生の長谷川若菜は、看護師をしている。準夜勤でなければ、返信がくるはずだ。
『今から出て来れる?』
『緊急事態発生』
『もう、無理』
 短く送った文章が、吹き出しになって画面に並ぶ。
 それを見つめながら放心状態でいると、手の中でスマホがぶるっと震えた。
『夜勤だから11:30までなら』
『駅前で集合』
 最後には可愛い絵文字でOKと送られてきた。
 ふぅ、と息を吐き顔を上げ、流れる景色に目をやる。
 窓の向こうには整然とマンションが並んでいた。その三分の二ぐらいに灯がついている。
 子供の頃は、大人になると当たり前のように結婚して新しい家族を作ると思っていた。
 今は、窓の明かりが遠く感じる。
 駅を出ると、南口のロータリーで若菜が待っていた。
「ごめん、急に呼び出して」
「いいよ。どうせもうすぐ出勤だし」
 若菜が務める病院は、駅の北側にある。
 ロータリーに沿うように並ぶ店はファーストフードや居酒屋ばかりだ。呼び出しておいてなんだけれど、どこに行こうかと迷っていると、若菜が「よければ」と切り出してくれた。
「同僚に聞いたんだけれど、病院の近くに雰囲気のいいハーブティーカフェができたんだって。もともと二階建ての小さなアパートだったんだけれど、一階を改装してカフェにしたみたい」
「へぇ、知らなかった。でもそういうお店は、もう閉まっているんじゃないの?」
「それが、十五時オープンで深夜の一時までしているんだって。準夜勤明けに行こうと思いながら、いつも眠さに負けちゃって。だから付き合ってよ」
 こういう言い回しが若菜らしい。周りに気を遣わせないように気を遣うのは、昔から変わっていない。
「もちろん。それにしても夜中一時までなんて、誰が来るんだろう。看護師さんをターゲットにしているとか?」
「それはコアを狙いすぎでしょう。同僚いわく、昼間はそれなりにお客さんが入っているけれど、夜は閑散としているんだって。しかも週に三日しかオープンしないから、道楽で経営しているのかも」
 駅構内を通り抜け、北口を出る。
 左手にある大きな三階建ての建物が、若菜の務める病院だ。規模は中ぐらいで、若菜はそこの内科に所属している。
 右側は住宅街になっていて、さっきまでいたロータリーと比べると暗い。ハーブティーカフェはその住宅街の一角にあるらしい。
 五分ほど歩いた先に、アパートの二階部分が見えてきた。さらに近づくと、その一階に『TUKUYOMI』と書かれたカフェの看板がある。
 カフェはカントリー調の造りで、新しい木目が綺麗だ。
 お店の前には自転車が五台ほど止められるスペースがあり、入口の横にはベンチとなぜかブランコが揺れていた。
 二階はリフォームされていないのか、古びた扉が三つ並んでいる。一階とのギャップが大きく、ちぐはぐな印象だ。
 お店に入ると、店内に人はいない。
 カウンターの奥から二十代半ばの男性が「いらっしゃいませ」と出きて、「好きなところに座ってください」と言った。
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