真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 慌しくふたりが返ったあとには、シンとちょっと気まずい沈黙が落ちた。
「あっ、えーと。片付け、手伝おうか?」
「いいよ。あとでするから」
 言いながら、隼人くんは看板を片付けに行った。閉店時間より三十分ぐらい早いけれど、もう店を閉めるつもりらしい。
 店の入口にあるプレートをクローズにすると、隼人くんは再び私の隣に座った。そうして空いているグラスに水を注ぐ。
「ずっと仕事が忙しかったんだろう。お疲れさま」
 そんなふうにねぎらわれると、心が痛む。
 隼人くんは、若菜に結婚について聞かれ、適当な付き合いはしないと答えていた。
 そんな人が二股をかけているとは思えない。
 勇気を出して「あの」と言えば、隼人くんは飲もうとしていたグラスを宙で止め、私に視線を向けた。
「に、二週間ぐらい前に日本橋で隼人くんに似た人を見かけたんだけれど……。私のお店の近くの交差点で、四時ぐらいだったかな」
「日本橋? あぁ、あの雨の降った日か。香帆さんもあのとき、横断歩道にいたんだ。声をかけてくれたらよかったのに」
「だって。その、女性、と一緒だったし。ふたりで傘をさして楽しそうに話していたから、なんとなく邪魔をしちゃ悪いかなと思って」
 さりげなく聞きたかったのに、詮索するような問いかけになってしまった。
 付き合ってもいないのに、こんな会話は重すぎる。
嫉妬心の強い女だと、面倒に思っているかも。
それでも隼人くんから視線を外さずにいると、隼人くんは慌てたように首を振った。
「彼女は大学時代の友人で、今は兄の奥さんだよ。日本橋にあるハーブ専門店で働いていて、ハーブについては義姉が教えてくれたんだ」
「そう、だったんだ」
 全身から力が抜ける。
 そういえば、ハーブについて知人から教わったと言っていたような。
 それが義姉だったんだ。
「うん。以前に仕事で忙殺されていた時期があるって言っただろう。兄が心配して義姉に話をして、それでハーブティーを薦めてくれたんだ。で、そこからハーブティーに興味を持って、淹れ方を基礎から教えてもらった」
 日本橋にはハーブの仕入れに行っていたらしい。そのついでに作ったメニュー表も持って行って意見を聞いたと教えてくれた。
 なんだ、私の空回りか。
 ほっとしつつ、反省しながらお酒を飲んでいると、隼人くんが窺うような視線を私に向けてきた。
「……もしかしてだけれど、ちょっと気になっていたとか?」
「……うん、ちょっとだけ。知っていると思うけれど、元カレと別れたのは二股が原因だから。それに最近職場でも二股がらみのトラブルがあって。ちょっとナーバスになっていた。ごめん」
「なるほど。で、仕事が忙しいと嘘をついたと」
「……本当に、申し訳ありません」
 隼人くんからすると、完全な濡れ衣なうえに、告白してすぐにそっけない態度をとられたことになる。
 随分と嫌な気持ちだろう。怒っているかなと横目で様子を見ると、口元を手で隠していた。
「どうしたの?」
「いや、にやけそうになるのを抑えていた」
「? 怒っているんじゃなくて」
「だって、つまりは嫉妬したってことだろう。えっ、そうじゃないのか?」
 そう指摘され、頬が熱くなるのが自分でも分かった。
 ちょっと気まずい沈黙が落ちる。
「ごめん、俺、調子に乗ったかも」
「ううん。その通り、ちょっともやっとしたから」
 顔がどんどん赤くなる。
 隼人くんはと見ると、私と違って落ち着いている。でも、耳が赤い気がする。
 なんとも言えない微妙な空気を打ち破ったのは、隼人くんの明るい声だった。
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