真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
第四章 夏祭り
今日は早野さんが怒らせてしまった丸山様のもとへ謝罪に行く日だ。
それでなくても気持ちが重いのに、さらにその上に重しを乗せられた気分で、駅へ向かう私の足は鈍い。
時間は一時。午前中に本社の人事とのリモート会議が急遽入り、この時間の出勤となった。私を憂鬱にしている原因は、そのリモート会議だ。
突然日時を指定され、さらに自宅からリモートするように言われたときから、嫌な予感はしていた。
そして嫌な予感ほど当たるもので、朝十時から始まったリモート会議の議題は、私のパワハラ疑惑についてだった。
「ある社員から、店長にパワハラを受けたと訴えがあった。夜も眠れず、このままでは診療内科の受信も考えているそうだ」
会議が始まってすぐ、人事課長は重々しい口調でそう言った。
「心当たりはあるかね?」
「いいえ。部下のミスに指摘をしたことはありますが、口調を荒げたり人格を否定するような言葉は使っていません」
「だが、彼女が眠れないと言っているのも事実だ」
「その人の名前を教えていただけませんか? そうすれば思い出すこともあるかもしれません」
私の問いに初めは口が固かった人事課長だったが、私から早野さんの名前を出したところ、無言で頷いた。
「彼女が大きなトラブルを起こした件については、すでに本社にも報告済みです」
「こちらとしても早野くんの言葉を鵜呑みにするつもりはないが、このような申告があったのは事実だ。そこで、部下に対する指導内容をまとめて提出して欲しい。それをもとに、人事部としても今後の対応を考える」
概ねそんなやりとりを二時間もした。
実際、八月に入って、早野さんは体調不良で仕事を休む日が増えた。
新任店長講習では、どんな態度や言葉がパワハラになるか学んだ。
自分の行動を客観的に振り返っても、パワハラに当たる要因はなかったはずだ。
それに早野さんの勤務態度に困っているのは私だけではなく、教育担当の井上さんからも相談を受けている。
入社して四ヶ月も経つのに、お金の受け渡しミスやカードの支払い回数間違いなど、ほぼ一ヶ月に一度はなにかしらのトラブルを起こしては、私や他の販売員がフォローをしていた。
平日の昼間は朝より電車が空いている。
空いている席に座って景色を眺めていると、乗り換え駅になった。暫くすると、電車は地下に入る。メゾン・エテルネルに着いたときには、二時を過ぎていた。
「遅くなりました」
声をかけながらバックヤードに入る。
謝罪に伺うのは四時だから、三時には店を出たい。そう思うと着替えるか迷う中途半端な時間だけれど、悩んだすえに私は制服に袖を通した。
売り場に立つと、一組の男女が私の顔を見て表情を明るくする。
「長渕様、今日はマリッジリングのお受け取りにいらっしゃったのですか?」
一ヶ月ほどまえに接客したお客様の名前を口にすると、女性は鞄から受け取り票を取り出した。
「お預かりいたします。すぐにご用意いたしますので、こちらでお待ちください」
メゾン・エテルネルには、テーブルが一セットある。
そこへ長渕様をご案内してバックヤードに入ると、木村さんがすでに長渕様のマリッジリングを用意してくれていた。
私と長渕様の会話を聞いて、先回りして動いてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「カスタマーセンターの社員が来るのは三時ですよね。もし接客が長引くようなら、フォローします」
「そのときはお願いします」
そう頼んで、私はリングの裏に書かれた名前に間違いがないかもう一度確認してから、長渕様のもとへ戻った。
「こちらになります。刻印をご確認いただけますか?」
「はい」
ふたりは刻印をたしかめると、実は、と切り出した。
「来月、私の誕生日なんです。それでメゾン・エテルネルのピアスが欲しいと思って」
「カタログを送ってくれたでしょう。彼女、それを見てすごく気に入ってしまったんです」
「ありがとうございます。どのデザインでしょうか?」
テーブルにあるカタログを開いて見せると、女性は三つのピアスを指差した。
「これらで迷っているんです。実物を見て決めようと思って」
「畏まりました。すぐにご用意いたしますのでお待ちください」
席にご案内したから、この場で接客に入ることにする。
持ってきたピアスを長渕様は長い時間をかけて吟味された。
嬉しそうに悩む姿を見るのは、私としても楽しい。
ただ、今日の私には、それほど時間の余裕がないのだ。
なんとか三時までにピアスが決まりホッとしたところで、女性がテーブルに置いてある冊子を手にした。
「さっき、ピアスを持って来てもらうのを待っている間にこれが目に入ったんですけれど、メゾン・エテルネルではティアラのレンタルもできるんですか?」
冊子の表面には、三種類のティアラの写真が載っている。