真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 開くと、それぞれのティアラについて一ページにわたり、宝石やデザインの蘊蓄が書かれていて、なかなか読みごたえのある一冊になっている。
「はい。ただ、各一点ずつになりますので、すでにご予約がある場合はご希望にお応えし兼ねます」
「実物ってあるんですか?」
「いえ、一点ものですので。ただ、イミテーションでよろしければ、ご用意できます」
「それ、見せてもらっていいですか!」
 はい、と接客スマイルで答えながら、これはまずいと焦る。
 このままティアラの接客に入ったら、確実に謝罪に間に合わない。
 木村さんを目で探したところ、運悪く接客をしていた。相手は、いつも木村さんをご指名して買いに来てくれる常連様だ。
 ひとまずバックヤードにティアラを取りに行ったところ、そこに早野さんがいた。
「早野さん、井上さんはどこにいるか知っている?」
「接客が長引いて、三十分前にお昼を買いに行かれました。どうしたんですか?」
「実は、ティアラのレンタルをご希望のお客様がいるのだけれど、私そろそろ店を出ないといけないから」
「あー、あの二股男に謝りに行くんですよね」
 まるで他人事かのような口調に、ティアラを用意していた手が止まる。
「ほんと、しつこいですよね。自業自得なのに」
「……早野さん、あなた自分がなにをしたか分かっている?」
「えー、分かっていますよ。でも考えてもみてください。私のおかげで二股が発覚して救われた女性もいるんですよ。いわば私は救世主みたいな……」
「ふざけないで!」
 思わず声を荒げてしまい、急いで扉を確認する。幸い、内扉は閉まっていた。
「あなたのしたことはメゾン・エテルネルの信頼を損ねる行いなの。私たち販売員はお客様のプライバシーを勝手に暴いてはいけない。それに、この件については、私だけでなく本社の人まで事態の収拾に尽力してくれている。沢山の人に迷惑をかけている自覚を持って」
「……酷い。そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。ついうっかり口にしてしまったことで、いつまでも私をなじるのはどうかと思います。私だって頑張っているのに、皆して白い目で見てくるし、精神的に辛いんですから」
 精神的と言う言葉に、今朝のリモート会議が嫌でも思い出される。
 言い過ぎたのだろうか。これは私が悪いのか。
 様々な考えが脳裏をよぎる中、裏口の扉が開いて男性が入ってきた。私より五歳ほど上の、三十半ばぐらいの眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の人だ。
「カスタマーセンターの山岸です。店長の百瀬さんは……」
「私です」
「まだ制服ですか。もしかして接客中?」
 私が手にしているティアラに山岸さんが視線を向ける。
 壁の時計を見ると、三時少し前だ。
「すみません。担当を代わってもいいかお客様に確認してきます。……えーと、早野さん、私の代わりにティアラの予約を取ってもらえるかしら。予約の仕方が分からなかったら、井上さんに聞いてくれる?」
「それなら、入社してすぐに聞いたので大丈夫です」
 自身満々な顔が、逆に不安を掻き立てる。
早野さんはそんな私に構うことなく、内扉を開けた。
「では店長、お客様のところへ行きましょう」
 言うが速いか、私より先に売り場へ出ていく。
 山岸さんに断りを入れ、私も売り場へと向かう。そうしてお客様から担当交代の了承を得ると、すぐに外出の支度にとりかかった。
 
 丸山様のご自宅は、練馬区にある。
 終点まで乗って、そこから北へ向かうと大きな公園があり、その東側にあるマンションが住まいだと聞いた。
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