真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
「弊社としては、誠心誠意謝罪することしかできません。それで裁判となるなら、致し方ないと考えております。裁判となりましたら、従業員の言動をもう一度ヒアリングいたします。また、それとは別にメゾン・エテルネル日本橋店に関して、現在起きている事案についても明確にする所存です」
山岸さんの言葉に、男性の顔色がさっと変わった。
後半の言葉はSNSの誹謗中傷を匂わせた発言だ。丸山様の様子から、やはり一連の書き込みは彼がしたのだろう。
「も、もういい。帰れ」
形勢不利とみたのか、丸山様が犬でも追い払うように手を動かす。
「はい。このたびは本当に申し訳ございませんでした」
私が頭を下げると、横で山岸さんも深く腰を折った。
部屋を出たところで、私は大きく息を吐く。
「山岸さん、ありがとうございます」
「いいえ、これが私の仕事ですから。今後、丸山様から連絡があれば、担当が私になったと説明してください。以降はカスタマーセンターで引き継ぎます」
「申し訳ありません」
自分の店で起きたクレームを自力で解決できなかった無力さが、胸を塞ぐ。
私がもっとうまくやれていれば、誰かのお世話にならずにすんだのに。
自分が情けなく、泣きたくなってきた。
項垂れながらエレベーターまで来ると「点検中」の紙が貼ってある。
「あっ、点検中ですね」
「三階ですし、階段で降りましょう」
山岸さんが先に階段へ向かう。
私は少し遅れてそのあとに続いた。
そうして階段上まで来たときだ。急に背後から走ってくる足音がした。
振り返ると、さっきまで話していた丸山様がお詫びの品を手に走ってくる。
「えっ?」
「俺の人生、終わりなんだよ!」
ぶんと振り回されたお詫びの品が、私のこめかみを直撃する。
手土産は缶に入ったクッキーで、額に鈍い痛みが走る。
ふらりと足を一歩後ろに下げた途端、私の身体が傾いた。
下げた足の先に階段はなく、次の瞬間には身体が宙に浮かんだ。
どんどん、と耳の中で音がする。身体のあちこちが階段にぶつかって痛い。
「大丈夫か⁉」
数段転がり落ちたところで山岸さんが受け止めてくれた。
階上を見ると、丸山様が青い顔で立っている。
今になって自分がなにをしたか理解したのだろう。「俺は悪くないからな! その女が勝手に転んだんだ‼」と叫びながら、慌てて逃げ去っていった。
「すみません」
「いえ、怪我は? 今から病院に行こう」
山岸さんも焦っているようで、口調が変わっている。
「大丈夫です。少し足を捻りましたが歩けます」
「本当に? あとから痛む場合もあるから、病院に行って必要なら労災として手続きをしてもらったほうがいいと思うが」
立ちあがり、身体のあちこちを触る。
今日の服装はパンツスーツだ。夏にしては肌の露出が少ないのが幸いして、打ち身だけですんだ。
散らばった荷物をかき集めると、時間は五時を過ぎている。
今から店に戻って報告書を書いたとして、店を出るのは七時。病院に行ったら、お祭りには間に合わない。
「打ち身だけなので平気です。山岸さんに怪我はないですか?」
「あぁ。この件についてもしっかりと報告しておく。まぁ、あの様子から考えると、もうなにも言ってこない気がするが。あの客、俺の顔を見て表情を強張らせたからな。結構いるんだよ、女性には強く出れても、男には無理ってヤツが」
「口調が雑になっていますよ」
「おっと、いけない」
そう言って眼鏡をかけ直すと、山岸さんはニッと笑った。
「さぁ、帰るか。上に報告しなくては。百瀬さんもだろう?」
山岸さんの言葉に、男性の顔色がさっと変わった。
後半の言葉はSNSの誹謗中傷を匂わせた発言だ。丸山様の様子から、やはり一連の書き込みは彼がしたのだろう。
「も、もういい。帰れ」
形勢不利とみたのか、丸山様が犬でも追い払うように手を動かす。
「はい。このたびは本当に申し訳ございませんでした」
私が頭を下げると、横で山岸さんも深く腰を折った。
部屋を出たところで、私は大きく息を吐く。
「山岸さん、ありがとうございます」
「いいえ、これが私の仕事ですから。今後、丸山様から連絡があれば、担当が私になったと説明してください。以降はカスタマーセンターで引き継ぎます」
「申し訳ありません」
自分の店で起きたクレームを自力で解決できなかった無力さが、胸を塞ぐ。
私がもっとうまくやれていれば、誰かのお世話にならずにすんだのに。
自分が情けなく、泣きたくなってきた。
項垂れながらエレベーターまで来ると「点検中」の紙が貼ってある。
「あっ、点検中ですね」
「三階ですし、階段で降りましょう」
山岸さんが先に階段へ向かう。
私は少し遅れてそのあとに続いた。
そうして階段上まで来たときだ。急に背後から走ってくる足音がした。
振り返ると、さっきまで話していた丸山様がお詫びの品を手に走ってくる。
「えっ?」
「俺の人生、終わりなんだよ!」
ぶんと振り回されたお詫びの品が、私のこめかみを直撃する。
手土産は缶に入ったクッキーで、額に鈍い痛みが走る。
ふらりと足を一歩後ろに下げた途端、私の身体が傾いた。
下げた足の先に階段はなく、次の瞬間には身体が宙に浮かんだ。
どんどん、と耳の中で音がする。身体のあちこちが階段にぶつかって痛い。
「大丈夫か⁉」
数段転がり落ちたところで山岸さんが受け止めてくれた。
階上を見ると、丸山様が青い顔で立っている。
今になって自分がなにをしたか理解したのだろう。「俺は悪くないからな! その女が勝手に転んだんだ‼」と叫びながら、慌てて逃げ去っていった。
「すみません」
「いえ、怪我は? 今から病院に行こう」
山岸さんも焦っているようで、口調が変わっている。
「大丈夫です。少し足を捻りましたが歩けます」
「本当に? あとから痛む場合もあるから、病院に行って必要なら労災として手続きをしてもらったほうがいいと思うが」
立ちあがり、身体のあちこちを触る。
今日の服装はパンツスーツだ。夏にしては肌の露出が少ないのが幸いして、打ち身だけですんだ。
散らばった荷物をかき集めると、時間は五時を過ぎている。
今から店に戻って報告書を書いたとして、店を出るのは七時。病院に行ったら、お祭りには間に合わない。
「打ち身だけなので平気です。山岸さんに怪我はないですか?」
「あぁ。この件についてもしっかりと報告しておく。まぁ、あの様子から考えると、もうなにも言ってこない気がするが。あの客、俺の顔を見て表情を強張らせたからな。結構いるんだよ、女性には強く出れても、男には無理ってヤツが」
「口調が雑になっていますよ」
「おっと、いけない」
そう言って眼鏡をかけ直すと、山岸さんはニッと笑った。
「さぁ、帰るか。上に報告しなくては。百瀬さんもだろう?」