真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
「はい。本社にメールをします。今日は夜に約束があるから、急がないと」
「デートか。若いっていいね。って、これ今の時代は言っちゃダメなヤツだな」
気難し人かと思ったけれど、山岸さんは意外と気さくな人のようだ。
途中の駅で山岸さんと別れ、店へ着いた私がバックヤードに入ると、木村さんが慌てて駆け寄ってきた。
「階段から落とされたんですよね。大丈夫ですか?」
「えっ、どうして知っているの?」
私の問いに、木村さんはちょっと照れくさそうに手にしていたスマホを見せた。
「どうせもうすぐ分かると思うので言いますが、山岸さんと私、半年後に結婚するんです」
「えっっ! どうしてもっと早く言ってくれないの。私、木村さんにすごくお世話になっているから、山岸さんにもお礼を言ったのに」
「お世話になっていません。それに、そんなことで礼を言われても、彼も困りますから」
以前、木村さんも山岸さんとお客様のもとへ同行したことがあったらしい。
そこで水を掛けられそうになったのを、身を呈して守ったのが山岸さんだった。
まるでドラマのような話に、私は目を丸くして言葉を失う。
「……うわぁ。小説にしたら売れるかもよ。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。あっ、それから店長、早野さんですが」
木村さんの表情が真剣なものにスッと切り替わる。
「早退しました」
「……分かりました。理由は?」
私の問いに、木村さんが言い淀む。
そうして、申し訳なさそうに口を開いた。
「店長から叱責され、精神的に勤務が無理、とのことです」
重い沈黙が流れる。
結局、早野さんはなにも変わらなかった。
「店長が気にする必要はありません。怒られて当たり前なんですから」
「そう言ってくれてありがとう。本社への報告を書きたいけれど、大丈夫かな?」
「遅番が三人いるから平気です」
パワハラ、の言葉が浮かぶ。
パソコンの前に座ったけれど、指が動かない。
店長として一生懸命頑張っても空回りばかり。
新入社員の教育もできず、クレームも解決できなかった。
怒鳴られて、怖くて。それでも頑張って耐えて。
階段から突き落とされて帰ってきたら、トラブルの原因の早野さんは早退。
しかも原因は私に怒られたからだと言う。
「あーもう。無理」
暫く机に突っ伏したのち、やっと私はキーボードを打ち始めた。
地下鉄はいつものように混んでいた。日本橋を出て千葉方面へと進む。
隼人くんへメッセージを送ったけれど、すぐに既読にはならない。
電車は途中で地上に出て、車窓の外が解放的になる。江戸川を越えると数十分前までいた景色と大きく変わり、高いビルの数が減る。
そのまま地上を進み、住宅や工場が見えるようになってもまだ返信はなかった。
早番が終わる時間は、以前に伝えた。今までもそのタイミングでメッセージのやり取りをしていたから、隼人くんも気にかけてくれていると思うのだけれど。
なにかあったのかと考えているうちに、電車は最寄り駅に着いた。
当然、駅に隼人くんの姿はない。
隼人くんの住まいはTUKUYMIの二階だ。とりあえずカフェへと向かう。
すると隼人くんは加藤くんと一緒に、店の前にあるベンチとブランコをペンキで水色に塗っていた。
木の色そのままだったそのふたつは、今日の空とよく似た色になっていた。
「隼人くん、どうしたの?」
「うわっ、びっくりした! 香帆さん? えっ、もうそんな時間? まじか、ごめん。すっかりDIYに熱中していた」
「ううん、それはいいんだけれど」
「デートか。若いっていいね。って、これ今の時代は言っちゃダメなヤツだな」
気難し人かと思ったけれど、山岸さんは意外と気さくな人のようだ。
途中の駅で山岸さんと別れ、店へ着いた私がバックヤードに入ると、木村さんが慌てて駆け寄ってきた。
「階段から落とされたんですよね。大丈夫ですか?」
「えっ、どうして知っているの?」
私の問いに、木村さんはちょっと照れくさそうに手にしていたスマホを見せた。
「どうせもうすぐ分かると思うので言いますが、山岸さんと私、半年後に結婚するんです」
「えっっ! どうしてもっと早く言ってくれないの。私、木村さんにすごくお世話になっているから、山岸さんにもお礼を言ったのに」
「お世話になっていません。それに、そんなことで礼を言われても、彼も困りますから」
以前、木村さんも山岸さんとお客様のもとへ同行したことがあったらしい。
そこで水を掛けられそうになったのを、身を呈して守ったのが山岸さんだった。
まるでドラマのような話に、私は目を丸くして言葉を失う。
「……うわぁ。小説にしたら売れるかもよ。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。あっ、それから店長、早野さんですが」
木村さんの表情が真剣なものにスッと切り替わる。
「早退しました」
「……分かりました。理由は?」
私の問いに、木村さんが言い淀む。
そうして、申し訳なさそうに口を開いた。
「店長から叱責され、精神的に勤務が無理、とのことです」
重い沈黙が流れる。
結局、早野さんはなにも変わらなかった。
「店長が気にする必要はありません。怒られて当たり前なんですから」
「そう言ってくれてありがとう。本社への報告を書きたいけれど、大丈夫かな?」
「遅番が三人いるから平気です」
パワハラ、の言葉が浮かぶ。
パソコンの前に座ったけれど、指が動かない。
店長として一生懸命頑張っても空回りばかり。
新入社員の教育もできず、クレームも解決できなかった。
怒鳴られて、怖くて。それでも頑張って耐えて。
階段から突き落とされて帰ってきたら、トラブルの原因の早野さんは早退。
しかも原因は私に怒られたからだと言う。
「あーもう。無理」
暫く机に突っ伏したのち、やっと私はキーボードを打ち始めた。
地下鉄はいつものように混んでいた。日本橋を出て千葉方面へと進む。
隼人くんへメッセージを送ったけれど、すぐに既読にはならない。
電車は途中で地上に出て、車窓の外が解放的になる。江戸川を越えると数十分前までいた景色と大きく変わり、高いビルの数が減る。
そのまま地上を進み、住宅や工場が見えるようになってもまだ返信はなかった。
早番が終わる時間は、以前に伝えた。今までもそのタイミングでメッセージのやり取りをしていたから、隼人くんも気にかけてくれていると思うのだけれど。
なにかあったのかと考えているうちに、電車は最寄り駅に着いた。
当然、駅に隼人くんの姿はない。
隼人くんの住まいはTUKUYMIの二階だ。とりあえずカフェへと向かう。
すると隼人くんは加藤くんと一緒に、店の前にあるベンチとブランコをペンキで水色に塗っていた。
木の色そのままだったそのふたつは、今日の空とよく似た色になっていた。
「隼人くん、どうしたの?」
「うわっ、びっくりした! 香帆さん? えっ、もうそんな時間? まじか、ごめん。すっかりDIYに熱中していた」
「ううん、それはいいんだけれど」