真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 背後から声をかけた私に、隼人くんは身体を跳ねさせるようにして驚いた。すごく集中していたようだ。
「色を変えたんだ」
「うん、ちょっと気分転換にね」
 そう言いながら隼人くんは額の汗を拭う。
 加藤くんは首にかけたタオルで、顔を拭いていた。
 もしかしてなにかトラブルが起きたのかと心配していたけれど、加藤くんとDIYに熱中していただけと知り、ほっとする。
 隼人くんは「汗を搔いたから着替えてくる」と、片付けを加藤くんに頼んで二階へと上がっていった。
「DIYが得意なの?」
「隼人がね」
「すごい! 私、技術の授業が嫌だった」
「俺も。家庭科は好きだったんだけどな」
 これらを自分で作るんだからすごいよなと言いながら、加藤くんはしゃがんでベンチに顔を近づける。
 どうやら、ペンキの乾き具合をたしかめているようだ。
「加藤くんは隼人くんが以前勤めていた会社の同僚なのよね。ということは、すごく忙しいんじゃない?」
「うーん、今はそうでもないよ。隼人が辞めたのとほぼ同時に、大きな社内改革があったんだ。それで、深夜労働や休日出勤が随分減った。だからDIYだって楽しめる。人間らしい生活、最高!」
 そう言って、加藤くんは両腕を空へ向けて伸ばした。
「……大変だったんだね」
 新任店長研修では労働基準法についても学んだ。
 サービス残業はダメ。ひとりだけに残業が重ならないように仕事を配分する、などなど。
「隼人がいた頃は、会社がぐっと業績を上げた時期でさ。受注量と社員数のバランスが取れていなかったんだ。それであいつ限界がきて……ってそれは聞いた?」
「うん。睡眠も充分にとれずフラッシュバックの症状も出たから仕事を辞めたと。それで今は週三回カフェをしながら、自分のペースで働いているって言ってた」
「……えーと、副業については?」
「しているとだけ」
私の返答に加藤くんは「あぁ、そうなんだ」と言葉を濁した。
まだなにかあるようだけれど、私が踏み込んでいいか疑問なので、それ以上聞くのはやめた。
 ペンキを片付ける加藤くんを手伝っていると、階段を降りる音が聞こえ、着替えた隼人くんが現れる。
「ごめん、遅くなった。シャワーを浴びても腕についたペンキが取れないんだ。加藤、これどうしたらいいの?」
 左腕、肘のあたりに水色のペンキが数センチついていた。
 まだ乾いていないペンキに触れたようなあとだ。半袖だから少し目立つ。
「あー。風呂に入って洗ったら、なんとかなるんじゃない?」
「適当だな」
「いつか取れるって、それより、これらの道具、とりあえずお前の部屋の前に置いとくぞ」
 加藤くんがDIYの道具を持つと、隼人くんが手伝おうとする。
「いいからいいから、これからデートなんだろう。これ以上香帆さんを待たせたらダメだ」
「あぁ、分かった。ありがとう」
 私としてはデートの単語に焦ったけれど、隼人くんはそれを否定せずあっさりと認めた。
 つまりこれは、デートということだ。
 告白されて、一緒に夏祭りに行くのだからデートと言われればそうかもしれない。
 私だって、実のところちょっと意識していた。
 だから、隼人くんの「行こうか」の言葉に、ついつい浮かれてしまったのだった。

 お祭りは、駅と私の家の中間地点ぐらいで行われる。
 中間地点といっても、普段この場所はバスで通らない。神社も、その前にある商店街も高校生のとき以来だ。
 商店街の近くにバス停はない。駅から徒歩で十五分ぐらいだし、バイクを置く場所があるかも怪しいから、徒歩で行くことにした。
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