真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
川沿いを進むと、風が吹いて少し涼しい。浴衣姿の人もちらほらと見受けられた。
「浴衣、可愛い。色気のない格好でごめんね」
「? なんで謝るの? 仕事帰りなんだから当たりまえだろう」
きょとんとする隼人くんと、悠磨の顔が重なる。
同じ状況でも、人によってこんなにも反応が違うのだなと思う。
悠磨と都心で開かれる夏祭りに行ったことがある。毎年テレビでも取り上げられる大きな花火大会だ。
浴衣の女性も多く、あちこちから下駄の音がした。
待ち合わせ場所に急いで駆け付けた私を見た途端、悠磨はこれ見よがしに大きく息を吐いた。
「俺、浴衣を期待していたんだけれど」
「無理だよ。今日は仕事って言ったじゃない」
「でも、更衣室で浴衣に着替えることだってできるだろう?」
呆れ顔でそう言われ、ショックを受けたのを覚えている。
仕事は制服だから、通勤時の服装は自由だ。だからその日、私はそれなりにお洒落をしていた。夏らしいワンピースに、サンダル。髪はアップにして仕事終わりに髪飾りを足した。
そもそも、浴衣一式を持って職場に行くなんて無理だし、更衣室で浴衣を着るなんて恥ずかしすぎる。
隼人くんは私の服装を改めて見て「でも」と言葉を続けた。
「でも、香帆さんのスーツ姿って初めて見る」
「今日はお客様のところへ謝罪に行ったから。ラフな格好はできないからパンツスーツにしたんだ」
仕方ないとはいえ、今日の私は明らかに浮いている。
浴衣とまではいかなくても、ワンピースを持って行って更衣室で着替えるのは可能だった。
朝から人事部とのリモート会議でパワハラと言われ混乱したせいで、そこまで気が回らなかったのだ。
「それは大変だったね。俺、もしかして最悪なタイミングで誘っちゃった? しかも送ってくれていたメッセージに気づかないなんて、最悪だ」
がくりと項垂れる隼人くんに、私は首を横に振る。
最悪だなんて。朝から憂鬱な予定ばっかりだった今日を頑張れたのは、隼人くんとの約束があったからだ。
「そんなことないよ。逆に、お祭りに行けると思えば嫌な仕事も頑張れた」
「それならよかったんだけれど。よし、だったら頑張った香帆さんを今日は思いっきり甘やかしてやろう」
ニカッと笑う顔が可愛い。
ふわふわの亜麻色の髪も相まって、大型犬のようだ。
そして甘やかすの言葉は、それだけで私の心をトロリと包む。
「たとえばどうやって甘やかしてくれるの?」
「そうだな。ここからここまで全部ちょうだい、とか?」
「お祭りで? 私そんなになにを買うの?」
「りんご飴といちご飴を買いつくす? 水風船がいいなら頑張るよ」
「そんなに食べないし、水風船はいらない。子供じゃないんだから」
コロコロと笑う私に、隼人くんは優しく目を細めた。
その表情に、心臓がどくんと跳ねる。
「そうか、ビールが良かったんだよな」
「う、うん! でも買い占めないでね」
そんなに飲めないよと笑っていると、不意に隼人くんの顔が近づいてきた。
えっ、と身体が硬くなり、鼓動が早くなる。
足が止まってしまった私を、隼人くんはさらにまじまじと覗き込んできた。
「あ、あの……」
「ここ。赤くなっているけれど、どうしたんだ?」
人差し指で差されたのは、丸山様に手土産で殴られたところだ。
あーそういえば、と指で触れると軽く腫れていた。
こめかみにできたこれも、たんこぶと呼ぶのだろうか。押さえると痛みが走る。
「実は今日、お客様のご自宅に謝罪に言ったら、手土産で打たれてしまって」
社内の話を部外者にするのはあまりよろしくない。
「浴衣、可愛い。色気のない格好でごめんね」
「? なんで謝るの? 仕事帰りなんだから当たりまえだろう」
きょとんとする隼人くんと、悠磨の顔が重なる。
同じ状況でも、人によってこんなにも反応が違うのだなと思う。
悠磨と都心で開かれる夏祭りに行ったことがある。毎年テレビでも取り上げられる大きな花火大会だ。
浴衣の女性も多く、あちこちから下駄の音がした。
待ち合わせ場所に急いで駆け付けた私を見た途端、悠磨はこれ見よがしに大きく息を吐いた。
「俺、浴衣を期待していたんだけれど」
「無理だよ。今日は仕事って言ったじゃない」
「でも、更衣室で浴衣に着替えることだってできるだろう?」
呆れ顔でそう言われ、ショックを受けたのを覚えている。
仕事は制服だから、通勤時の服装は自由だ。だからその日、私はそれなりにお洒落をしていた。夏らしいワンピースに、サンダル。髪はアップにして仕事終わりに髪飾りを足した。
そもそも、浴衣一式を持って職場に行くなんて無理だし、更衣室で浴衣を着るなんて恥ずかしすぎる。
隼人くんは私の服装を改めて見て「でも」と言葉を続けた。
「でも、香帆さんのスーツ姿って初めて見る」
「今日はお客様のところへ謝罪に行ったから。ラフな格好はできないからパンツスーツにしたんだ」
仕方ないとはいえ、今日の私は明らかに浮いている。
浴衣とまではいかなくても、ワンピースを持って行って更衣室で着替えるのは可能だった。
朝から人事部とのリモート会議でパワハラと言われ混乱したせいで、そこまで気が回らなかったのだ。
「それは大変だったね。俺、もしかして最悪なタイミングで誘っちゃった? しかも送ってくれていたメッセージに気づかないなんて、最悪だ」
がくりと項垂れる隼人くんに、私は首を横に振る。
最悪だなんて。朝から憂鬱な予定ばっかりだった今日を頑張れたのは、隼人くんとの約束があったからだ。
「そんなことないよ。逆に、お祭りに行けると思えば嫌な仕事も頑張れた」
「それならよかったんだけれど。よし、だったら頑張った香帆さんを今日は思いっきり甘やかしてやろう」
ニカッと笑う顔が可愛い。
ふわふわの亜麻色の髪も相まって、大型犬のようだ。
そして甘やかすの言葉は、それだけで私の心をトロリと包む。
「たとえばどうやって甘やかしてくれるの?」
「そうだな。ここからここまで全部ちょうだい、とか?」
「お祭りで? 私そんなになにを買うの?」
「りんご飴といちご飴を買いつくす? 水風船がいいなら頑張るよ」
「そんなに食べないし、水風船はいらない。子供じゃないんだから」
コロコロと笑う私に、隼人くんは優しく目を細めた。
その表情に、心臓がどくんと跳ねる。
「そうか、ビールが良かったんだよな」
「う、うん! でも買い占めないでね」
そんなに飲めないよと笑っていると、不意に隼人くんの顔が近づいてきた。
えっ、と身体が硬くなり、鼓動が早くなる。
足が止まってしまった私を、隼人くんはさらにまじまじと覗き込んできた。
「あ、あの……」
「ここ。赤くなっているけれど、どうしたんだ?」
人差し指で差されたのは、丸山様に手土産で殴られたところだ。
あーそういえば、と指で触れると軽く腫れていた。
こめかみにできたこれも、たんこぶと呼ぶのだろうか。押さえると痛みが走る。
「実は今日、お客様のご自宅に謝罪に言ったら、手土産で打たれてしまって」
社内の話を部外者にするのはあまりよろしくない。