真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 窓際に座る隼人くんが見えた。
 お互い手を振り合う姿は、なんだか恋人っぽいなと思ってしまう。
 自然と頬が緩みそうになったときだ、突然出てきた人に私は肩を掴まれた。
「おい、さっきまで一緒にいた男は誰なんだ!」
 強い力に恐怖を覚えながら、私は声の主の名前を口にする。
「悠磨、どうしてここにいるの?」
 驚きと一緒にその名前を呼ぶ。同時に肩に置かれた手を振り払おうとしたけれど、余計に力を込められた。
「あいつ、駅の向こうにあるカフェの店員だろう?」
「どうして知っているの?」
「香帆がなかなか時間を作ってくれないから、駅で待っていたんだ。そうしたら、若菜ちゃんとご飯を食べたあと、住宅街にあるカフェに入っていくのを見た」
「あとをつけていたの?」
 私に睨まれて、悠磨が一瞬ひるんだ。その隙を突いて肩を掴んでいた手を振りほどき、距離を取る。
 一瞬だけれど、悠磨の腕の内側に赤い血のようなものが見えた。
 以前の私なら怪我をしたのかなと心配しただろうが、今はそんな気持ちは微塵も湧いてこない。
 どうして尾行されなくてはいけないのか、腹が立つ。
もう、私と悠磨の関係は終っているのだ。
「あなたとは別れたの。これ以上私に関わらないで」
「だから、あれは一時の気の迷いで妊娠していなかったんだって。そう説明しただろう?」
「それがどうしたっていうの? 私はあなたとやり直すつもりはない」
「それは、他に男ができたからか? やめておけ、あんな男。香帆は遊ばれているんだ。
カフェだって週に数回しかしていない。それも夕方からだろう。客の入りもよくない。あんな奴より俺のほうがよっぽど結婚相手に相応しい」
 悠磨の口からは、TUKUYOMIについての悪口がどんどん出てくる。
 店の外観だけじゃなく、店内の様子やメニューについてまで。
まるで重箱の隅をつつくような内容に、悠磨はこんな人だったのかと感じたほどだ。
 付き合っているときは、こんな意地悪な言い方しなかった。
まるでクレーマーだと嫌な気持ちになると同時に、TUKUYOMIにSNSで誹謗中傷があったのを思い出した。
「もしかして悠磨、SNSに……」
「ふたりとも、こんなところにいないで中に入ったら。香帆、悠磨さんはあなたの帰りをずっと待っていたのだから、お礼を言いなさい」
 すぐ横の玄関扉が開いてお母さんが顔を出した。
 また、悠磨は実家を訪れていたらしい。
「お母さん、勝手なことをしないで」
「だけれど、悠磨さんはあなたが変な男の人に騙されているって心配して、わざわざ来てくれたのよ。その人、まともに働いていないんでしょう?」
「なにも知らないのに勝手なことを言わないで。とにかく、悠磨は帰って。それからお母さんは家に入って」
 お母さんの腕を掴んで玄関に入り、扉を閉める。
 荒々しく靴を脱ぐ私の隣で、母がため息を落とした。
「香帆、あなた自分の人生についてちゃんと考えている? 一度ぐらいの浮気なんて見て見ぬ振りをするものよ。悠磨さんほど条件のいい方って……」
「条件ってなに? いい大学出て、安定した仕事があること? お母さんの価値観で私を縛らないで」
 廊下を進みダイニングに座ると、母も席についた。
 今日こそ、二度と悠磨を家に入れないようはっきり伝えないと。
「お母さんはあなたのことを思って言っているの。その、カフェ? だって仕事だと思うわよ。でも聞けば、週に数回しか開いていないって言うし。そんな不安定な人との生活、絶対に破綻するわ」
「どうして話をしたこともない人の人生を、勝手に決めつけるの?」
< 47 / 64 >

この作品をシェア

pagetop