真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 隼人くんは、年末にいろいろあって、ハーブティーカフェを開いた。
 副業をしながら、自分に合う仕事の仕方を模索している最中だ。
 周りから見たら安定していないと捉えられても、仕方ないかもしれない。
 でも本当のことはもっと踏み込まないと分からないし、将来どうなるかなんて誰も決められない。
「香帆、あなたもう二十九歳なのよ。独身のまま三十歳になんてなったら、お母さん、恥ずかしくて外を歩けないわ。あなたの同級生だってどんどん結婚して、子供を産んでいるのよ」
「恥ずかしいってなに? 私はちゃんと働いているよ。地に足を着けて生きている」
「そりゃそうだけれど。でもね、やっぱり悠磨さんのことは許してあげて。それが一番いいと思うの」
 どうして分かってくれないのだろう。
 どれだけ言葉を尽くしても、伝わらない。
 私には私の気持ちと価値観があると理解して欲しい、それだけなのに。
 自分の考えが唯一だと疑いもしないお母さんには、なにを語っても平行線な気がした。
「浮気ぐらいって言うけれど、お母さんはもしお父さんが浮気しても平気なの?」
「そ、それは。今は、香帆の話をしているんだから、話題をすり替えないで」
 すっとお母さんの顔色が青ざめた。
 ……もしかして父は浮気をしたのだろうか。
 そういえば、高校生のときに両親が揉めていた。あのあとお父さんは国内の単身赴任をして、今は海外にいる。
「私が高校生のとき、だよね」
 カマを掛けると、お母さんは明らかに狼狽えだす。
 そんな姿を見ているうちに、お母さんが本当はなににこだわっているか理解できた。
「お母さんは自分の選択が、生き方が間違っていないって思いたいだけなんじゃない?」
 お父さんは、エリートとまでは言えなくとも、収入は平均より多いと思う。
 塾や習い事をいくつも掛け持ちしたし、お金で苦労をしたことはない。
 だけれどお父さんは浮気をした。
そしてお母さんはそれを許した。
 でも、そのあとはどう? 私の記憶では、両親が仲睦まじく話しているのを、もう何年も見ていない。
 お父さんが家にいないから疑問に感じなかったけれど、思い返せばおかしな点がいくつも出てくる。
 国内に単身赴任していたときも、お父さんは二、三ヶ月に一度しか帰って来なかったし、お母さんが単身赴任先へ行くことはなかった。
 今は海外にいるけれど、電話やメールを使って容易に連絡は取れる。実際、私はお父さんとメールのやり取りをしているけれど、両親にそんな様子はない。
「お母さんは安定した仕事を持つお父さんと結婚した。浮気をされても許した。だから今は幸せだって思いたいんだよね。でも私が悠磨と別れたら、お母さんの生き方を否定することになる。お母さんは、それが嫌なの?」
 もっと問い詰めようかと思ったけれど、お母さんの顔が悲しそうに歪んだから、それ以上は言えなかった。
 きっと、私の予想が核心を突いたのだろう。
「ごめん、言い過ぎた」
「……お母さんは、あなたに苦労をして欲しくないの」
「うん、そうだね。でも分かって、私はお母さんじゃない。もし私がお母さんと違う選択をしたとしても、それはお母さんの生き方を否定するものじゃないんだよ。私はお母さんの娘だけれど、私たちは別の人間だから。それぞれが大事にするものがあると思う」
 みゃぁ、とみうが鳴く。
 まるで仲裁に入ってくれているようだ。
「今日はもう寝るね。お風呂に入ってくる」
 お母さんは項垂れたままだけれど、それでも「おやすみ」と言ってくれた。
 そんなお母さんの膝の上にみうを置く。少しでもお母さんを癒してくれればと思った。
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