真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
「一緒に飲んだときだって、私が結婚願望ないって言ったら信じられないものを見る顔をしていたし。そのうえ、料理が趣味って知ったら『いいお嫁さんになるのにもったいない』なんて言うのよ。私は自分のために自分が食べたいものを作るのが好きなの」
ふたりのやり取りを思い出して、苦笑いが出る。
悠磨が「看護師は医者の補助だ」って言ったときは、若菜と一緒に非難した。
すると帰り道ずっと不機嫌で「香帆は俺の味方をすべきだ」なんて言ってたっけ。
「そもそも、家庭に求めるのは癒しだなんておかしな話よ」
「そう? でもあたたかな家族に憧れるのは普通だと思うけれど」
「うーん。私の父親もあんな感じだったのよね。そもそも家庭に癒されたいって考えが傲慢じゃない? 片方にとって居心地のいい空間が、もう片方の努力によって成り立っているとしたら、それはいびつよ」
若菜の両親は、若菜が高校を卒業してすぐに離婚した。
聞いた話では、父親は典型的なモラハラタイプだったらしい。
俺を労われ、敬え。家族のことで俺に迷惑をかけるな。
機嫌を損なったら、数日口を利かないのも珍しくない。
直接的な暴力はなかったけれど、ぶちぎれて扉を蹴り破ったことはあると聞いた。
「母だってパートで働いていたのに、料理どころかお皿をシンクに持っていくことすらしない。そのくせ、やっと洗い物が終わった母に平気な顔で『珈琲』って言うの。自分で淹れろって話よ」
「それ、悠磨もそうだった」
ひとり暮らしをしている悠磨の家で、何度か食事を作った。
料理はあまり得意ではないから、褒めてもらった記憶はほとんどない。
「ソースひとつ、自分では出そうとしなかった。ずっとソファに座って、疲れたって言った」
「えー。それ、初めて聞いた。香帆、別れて正解! 絶対、悠磨さんは私の父と同じタイプよ」
そう言って、若菜は臭いものを嗅いだかのように鼻に皺を寄せた。
私はといえば、若菜に指摘され、悠磨の「普通」が「傲慢」だったのかもしれいと思い始めた。
三歳年上の悠磨は、しっかりしていて頼りがいがあると思っていた。
ちょっと気難しいところがあるけれど、自分の考えをしっかり持っているところは尊敬できた。
それは母も同じで、悠磨をひと目見てとても気に入ったようだ。
特に彼の経歴を聞いたときは、身を乗り出し瞳を輝かせていた。
ひとりっ子の私は小さいときから沢山の習い事をして、成績は常に上位。都内の進学校から有名と言われる大学に進学し、大手ジュエリーショップに就職した。
自分で言うのもなんだけれど、履歴書に並ぶ経歴はなかなかだと思う。
そんな私の履歴書のさらに上を行くのが悠磨だった。
世間一般に「エリート」と言われる悠磨との付き合いを、母は諸手を挙げて喜んだ。
――さすが香帆、いい人を見つけたわ。悠磨さんに尽くして、幸せにしてもらうのよ。
悠磨を紹介した日の夜、母は私にそう言った。
まるで、これで娘の未来は安泰だと確信しているような笑顔に、私はもやっとしたものを感じた。
どうして尽くすのが前提なのか。
さらに「結婚したら仕事を辞めるんでしょう」「子供にとって母親が傍にいるのが一番」と母は言葉を弾ませた。
でも、そのどれもが私の価値観に沿わない。
そんなもやもやを抱えつつも、両親が喜んでくれるならこの選択は間違っていないと信じていたのに、まさか別れるなんて。
今日何度目かのため息を落としたとき、若菜はスマホを見て「あっ」と声を上げた。
「もうこんな時間。行かなきゃ」
ふたりのやり取りを思い出して、苦笑いが出る。
悠磨が「看護師は医者の補助だ」って言ったときは、若菜と一緒に非難した。
すると帰り道ずっと不機嫌で「香帆は俺の味方をすべきだ」なんて言ってたっけ。
「そもそも、家庭に求めるのは癒しだなんておかしな話よ」
「そう? でもあたたかな家族に憧れるのは普通だと思うけれど」
「うーん。私の父親もあんな感じだったのよね。そもそも家庭に癒されたいって考えが傲慢じゃない? 片方にとって居心地のいい空間が、もう片方の努力によって成り立っているとしたら、それはいびつよ」
若菜の両親は、若菜が高校を卒業してすぐに離婚した。
聞いた話では、父親は典型的なモラハラタイプだったらしい。
俺を労われ、敬え。家族のことで俺に迷惑をかけるな。
機嫌を損なったら、数日口を利かないのも珍しくない。
直接的な暴力はなかったけれど、ぶちぎれて扉を蹴り破ったことはあると聞いた。
「母だってパートで働いていたのに、料理どころかお皿をシンクに持っていくことすらしない。そのくせ、やっと洗い物が終わった母に平気な顔で『珈琲』って言うの。自分で淹れろって話よ」
「それ、悠磨もそうだった」
ひとり暮らしをしている悠磨の家で、何度か食事を作った。
料理はあまり得意ではないから、褒めてもらった記憶はほとんどない。
「ソースひとつ、自分では出そうとしなかった。ずっとソファに座って、疲れたって言った」
「えー。それ、初めて聞いた。香帆、別れて正解! 絶対、悠磨さんは私の父と同じタイプよ」
そう言って、若菜は臭いものを嗅いだかのように鼻に皺を寄せた。
私はといえば、若菜に指摘され、悠磨の「普通」が「傲慢」だったのかもしれいと思い始めた。
三歳年上の悠磨は、しっかりしていて頼りがいがあると思っていた。
ちょっと気難しいところがあるけれど、自分の考えをしっかり持っているところは尊敬できた。
それは母も同じで、悠磨をひと目見てとても気に入ったようだ。
特に彼の経歴を聞いたときは、身を乗り出し瞳を輝かせていた。
ひとりっ子の私は小さいときから沢山の習い事をして、成績は常に上位。都内の進学校から有名と言われる大学に進学し、大手ジュエリーショップに就職した。
自分で言うのもなんだけれど、履歴書に並ぶ経歴はなかなかだと思う。
そんな私の履歴書のさらに上を行くのが悠磨だった。
世間一般に「エリート」と言われる悠磨との付き合いを、母は諸手を挙げて喜んだ。
――さすが香帆、いい人を見つけたわ。悠磨さんに尽くして、幸せにしてもらうのよ。
悠磨を紹介した日の夜、母は私にそう言った。
まるで、これで娘の未来は安泰だと確信しているような笑顔に、私はもやっとしたものを感じた。
どうして尽くすのが前提なのか。
さらに「結婚したら仕事を辞めるんでしょう」「子供にとって母親が傍にいるのが一番」と母は言葉を弾ませた。
でも、そのどれもが私の価値観に沿わない。
そんなもやもやを抱えつつも、両親が喜んでくれるならこの選択は間違っていないと信じていたのに、まさか別れるなんて。
今日何度目かのため息を落としたとき、若菜はスマホを見て「あっ」と声を上げた。
「もうこんな時間。行かなきゃ」