真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
 すっかり話し込んでしまって、時間は十一時半を過ぎている。
 深夜勤務は十二時から。着替える必要があるから、そろそろ病院に行かなくては。
「急に呼び出してごめん。ここは私がおごるから」
「いいよ。私が誘ったから。あとpipiにお金送っておく」
 そう言うと、若菜は慌しく席を立つ。最後にポンと私の肩を叩いた。
「香帆の人生にあんな男必要ない。大丈夫、こんなことで香帆の価値は下がったりしない」
「……ありがとう」
 口に出して言わなかったけれど、妊娠した彼女のどこが私よりよかったのだろうと考えていた。
 結婚まで考えていたのにあっさりと振られ、私にはなんの価値もないって突きつけられたようで、辛かった。
 私のちっぽけなプライドが邪魔をして言えなかったその言葉を、若菜はちゃんと分かってくれていたんだ。
 バイバイと若菜は手を振って、慌ただしく店を出ていった。
 見送った私は、まだティーポットに残っていたハーブティーをカップに注ぐ。と、手元に新しいティーポットが置かれた。
「えっ……?」
「もしよろしければ、新作を試飲してもらえませんか? セントジョーンズワートにローズヒップをブレンドしています」
「セント……?」
 初めて聞く名前に首を傾げると、店員さんは今度はゆっくりと「セントジョーンズ」と教えてくれた。
「人の名前のようですね」
「黄色い小さな花が咲きます。やる気のないときや気分が落ち込む日に飲むと、気持ちが浮上します」
 接客スマイルの店員さんの顔を、思わず凝視してしまった。彼の言葉はまるで……
「私たちの会話、聞いていました?」
「聞く気はなかったのですが、こうも閑散としていると、どうしても」
「そう、ですよね」
「余計なお節介だと思ったんですが、そのお節介に救われることもあると思うんで」
 おそらく意図してだろう、口調が軽いものに変わった。
 店員としてのお節介ではなく、ひとりの人としてこのハーブティーを用意してくれた。そんな気がした。
 店内を見回すと、相変わらずお客さんはいない。
 私たちが入店してからは誰も来なかった。そしてこれは勘だけれど、おそらくもう誰も来店しない気がする。
「あの、迷惑でなければ、一緒に飲みませんか?」
「俺と?」
「すでにカップ一杯のハーブティーをいただいているから、ひとりで全部を飲むのはちょっと……」
「あっ、そうだよな。ごめん、気が回らなくて」
しまったと口を歪めながら、店員さんはカウンターへ行き、カップを持って戻ってくる。そうして、私の前の席に座った。
「では、お言葉に甘えて」
「どうぞどうぞ」
 目の高さが同じになって、改めて彼の顔を正面から見る。あぁ、これはモテるだろうな。
 亜麻色の癖毛風の髪に、涼しげな目元。鼻も唇の配置も申し分ない。
 若菜の話では仕事帰りにこのお店に来る同僚も多いらしいが、それは彼目当てなのではないだろうか。
「俺の顔になにかついている?」
 あまりにも不躾に見ていたようで、店員さんは探るような視線を私に向けた。
「いえいえ。綺麗な肌だなと思って。店員さん何歳ですか?」
「二十六歳。お客さんは?」
「二十九歳」
「じゃ、ちょっとお姉さんだ。お客さんだし、敬語じゃなくていいよ」
 そう言うと、店員さんは人好きのする顔でヘラっと笑った。
 無邪気な笑顔に、警戒心がほぐれていく。
「分かった。ところで美肌の理由は、やっぱりハーブティー?」
 なんとなく肌によさそう、そんなイメージだけで聞くと、店員さんはあっさり「そうだよ」と認めた。
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