真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
「俺にハーブについて教えてくれた人が、ローズヒップティを薦めてくれたんだ。当時、肌がぼろぼろだったからね」
「それで、効果は?」
「この通り。ローズヒップティにはレモンの数十倍のビタミンCが含まれているんだ。ビタミンCは肌にハリを持たせるコラーゲンの合成を助けるから、シミやしわを防ぐと言われている。さらには抗酸化作用があるビタミンEなんかも含んでいるから、美容効果ナンバーワンだ」
 ローズヒップティ、すごい。
 そして、さらさらとそんな説明をできる店員さんもすごい。
「まるでプロですね」
「プロだからね」
 ちょっと得意げに笑うと、店員さんは私のカップにハーブティーを注いでくれた。
 口に含むとほのかな甘みと苦みがあり、次に渋みを感じる。すっきりとした草の香りが爽やかだ。
「渋みが気になるなら、蜂蜜を垂らすといいよ」
 テーブルの端には、シュガーポットと一緒に蜂蜜も置かれていた。
試しにひと匙加えると、甘みが増して飲みやすくなる。
「美味しい。ハーブに詳しいんだねって、専門家に失礼か」
「いやいや、素直に嬉しい。ハーブを知ったのも、この店を開いたのもつい最近だから、すべてが手探りなんだ。正直、接客にも自信がないし、さっきのうんちくは義理の姉の受け売りだよ」
 店員さんはハーブティーを一口飲むと首を傾げ、「まだ改良の余地がある」と難しそうな顔をした。
「どうして遅い時間にお店を開いているの?」
 素朴な疑問が口をついてしまったが、言ってから失礼な質問だったと後悔する。
 でも店員さんに不快な様子はなく、小さく肩を竦めた。
「昼間はちょっと副業があってね。こっちは趣味と気分転換のようなものかな」
 まさかの道楽発言。
他に収入源があってそれで生活ができているようだ。羨ましい。
「あっ、今、金持ちだと思っただろ。違うよ。持ち家もないし不労所得もない。あえて言うなら叔母がこのアパートをただで貸してくれているぐらいかな」
 そう言いながら、店員さんは人差し指を立てて二階を指す。どうやらそこが住居らしい。
 通勤時間0分は、満員電車に揺られる私の憧れだ。
 終電時間を気にせずに営業できるから、深夜一時閉店なんてできるのだろう。でも、そうだとしても。
「この時間に、お客さんが来るの?」
「来ない。でも、それでいいと思う。人ってさ、どうしようもなく落ち込むときがあるじゃん。ひとつひとつが小さな悩みでもそれが積み重なって心が疲れたり、もしくは酷く悲しいことが起きてどん底へ沈む瞬間。そんなときにこの灯を見つけて、俺が淹れたハーブティーで少し気持ちが上向きになってくれたらいいなと思ったんだ」
「なるほど」
「人生に疲れたとき、ちょっと立ち寄って休憩できる場所。で、美味しいハーブティーを飲んで、明日も頑張ろうって思えてもらえたら嬉しい」
 そう話す店員さんの目はどこか遠くを見ているようだった。
 それでいて、口元を綻ばせた表情は温かい。
「だったら、まるで今の私のためにお店があるみたい」
 どんよりと沈んだ気持ちが、少しだけ浮上した。
まだまだ低空飛行真っ最中だけれど、少なくともこれ以上下へはいかない。
「だったらよかった。人が人にできることなんて限られている。俺にできるのは、ちょっと背中を押すぐらいだけれど、それでも助かる人がいると思うんだ。ほら、情けは人の為ならずって言うだろう」
「巡り巡って自分に返ってくるってやつね。でもそれ、最近だと情けはその人のためにならないから止めたほうがいい、と解釈する人もいるそうよ」
「その解釈は、悲しいよな」
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