真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで
そう言って口角を上げた隼人くんに、私はあれ、と目を瞬かせる。
なんだかその笑みが誇らしげに見えたのだ。
「もしかして、誰かの隠れ家になった?」
「そんな大したものじゃないけれど、一週間ぐらい前かな、店を閉めようとしたら女性が赤ちゃんを抱っこして歩いていたんだ」
TUKUYOMIの閉店時間は深夜一時。そんな時間に赤ちゃんを連れて歩くのは、珍しい。隼人くんもそう思ったらしく、心配になって声をかけたらしい。
「そうしたら、赤ちゃんの夜泣きが酷くて、ご主人から眠れないって怒鳴られたそうなんだ。それで夜中に散歩しているって言うから、よかったらベンチでもブランコでも使ってくださいって伝えて、サービスでハーブティーを出した」
「それは、素敵なことをしたね。きっとお母さん、隼人くんの優しさに救われたと思う」
「うん。後日、昼間にベビーカーを押して来てくれた。どうしようもない八方塞がりの夜を助けてくれてありがとうって」
照れながら、でも嬉しそうに隼人くんは微笑む。
お母さんにとって、その夜の出会いはこれからの支えになるかもしれない。
もしまた辛くなったら、TUKUYOMIに行けばいい。そう思えるだけで、人は救われる。
「すごいな、隼人くん。私にはできないよ」
感心しながら食後のハーブティーを飲む。
さっき隼人くんが淹れてくれたもので、ローズヒップティーだ。
感動に胸を熱くしていると、隼人くんがきょとんと目を見開き私を見てきた。
「なに?」
「本当に覚えていないんだなと思って」
「だから、なに?」
「去年の冬、駅のロータリーの近くにある空き地で、人に傘をあげなかった?」
言われて、そんなこともあったなと思い出す。
寂しい公園でブランコを揺らす男性が、偶然目に入った。
なんだか無性に放っておけなくて、持っていた折りたたみ傘を彼にあげたんだ。
どうして隼人くんがそれを知っているのだろう。
誰かに聞いた? それとも……。
じっと隼人くんを見つめる。髪型も髪の色もあのときとは違う。
でも、形のいい鼻梁と唇が記憶の中の彼と重なり、朧げだった輪郭がはっきりとする。
「もしかして、あのときブランコに座っていたのって……」
「俺だよ。仕事で精神的に追い詰められて、どうしたらいいか分からなかった。仕事を辞めたい。でも辞めたら周りに迷惑をかける。どんどん自分で逃げ道を塞いで、どこにも行けず途方にくれていたんだ。でもそんなとき、香帆さんが傘をくれた。予想もしないところで手を差しだされて、こんなことがあるんだと思った」
「あれは……自分でも、どうして傘を渡したか分からない。ただの気まぐれだよ」
「それでも、俺は救われた。人生って予想外のことが起きるんだなって。自分が固定観念に囚われているだけな気がした。仕事の仕方はひとつじゃなく、いろんな方法があるんじゃないかと思った」
だから、やりたいことをしようと思ったと、隼人くんは語る。
好きなプログラマーの仕事をしつつ、誰かの隠れ家になるようなカフェを開く。
それが、隼人くんの辿り着いた答えだった。
「だから、今俺がこうしていられるのは、香帆さんのおかげだよ」
「そんな、私は気まぐれに傘を貸しただけで」
「気まぐれの優しさが人を助けることってあると思う。皆、自分が生きるのに一生懸命だからこそ、そういう『ちょっとの優しさ』が大事なんじゃないかな。俺、優しさはのりしろだと思うんだよ」
朝日が隼人くんの顔を淡く縁取る。
長い睫毛が頬に影を落とし、その横顔は見惚れるほど綺麗だ。
なんだかその笑みが誇らしげに見えたのだ。
「もしかして、誰かの隠れ家になった?」
「そんな大したものじゃないけれど、一週間ぐらい前かな、店を閉めようとしたら女性が赤ちゃんを抱っこして歩いていたんだ」
TUKUYOMIの閉店時間は深夜一時。そんな時間に赤ちゃんを連れて歩くのは、珍しい。隼人くんもそう思ったらしく、心配になって声をかけたらしい。
「そうしたら、赤ちゃんの夜泣きが酷くて、ご主人から眠れないって怒鳴られたそうなんだ。それで夜中に散歩しているって言うから、よかったらベンチでもブランコでも使ってくださいって伝えて、サービスでハーブティーを出した」
「それは、素敵なことをしたね。きっとお母さん、隼人くんの優しさに救われたと思う」
「うん。後日、昼間にベビーカーを押して来てくれた。どうしようもない八方塞がりの夜を助けてくれてありがとうって」
照れながら、でも嬉しそうに隼人くんは微笑む。
お母さんにとって、その夜の出会いはこれからの支えになるかもしれない。
もしまた辛くなったら、TUKUYOMIに行けばいい。そう思えるだけで、人は救われる。
「すごいな、隼人くん。私にはできないよ」
感心しながら食後のハーブティーを飲む。
さっき隼人くんが淹れてくれたもので、ローズヒップティーだ。
感動に胸を熱くしていると、隼人くんがきょとんと目を見開き私を見てきた。
「なに?」
「本当に覚えていないんだなと思って」
「だから、なに?」
「去年の冬、駅のロータリーの近くにある空き地で、人に傘をあげなかった?」
言われて、そんなこともあったなと思い出す。
寂しい公園でブランコを揺らす男性が、偶然目に入った。
なんだか無性に放っておけなくて、持っていた折りたたみ傘を彼にあげたんだ。
どうして隼人くんがそれを知っているのだろう。
誰かに聞いた? それとも……。
じっと隼人くんを見つめる。髪型も髪の色もあのときとは違う。
でも、形のいい鼻梁と唇が記憶の中の彼と重なり、朧げだった輪郭がはっきりとする。
「もしかして、あのときブランコに座っていたのって……」
「俺だよ。仕事で精神的に追い詰められて、どうしたらいいか分からなかった。仕事を辞めたい。でも辞めたら周りに迷惑をかける。どんどん自分で逃げ道を塞いで、どこにも行けず途方にくれていたんだ。でもそんなとき、香帆さんが傘をくれた。予想もしないところで手を差しだされて、こんなことがあるんだと思った」
「あれは……自分でも、どうして傘を渡したか分からない。ただの気まぐれだよ」
「それでも、俺は救われた。人生って予想外のことが起きるんだなって。自分が固定観念に囚われているだけな気がした。仕事の仕方はひとつじゃなく、いろんな方法があるんじゃないかと思った」
だから、やりたいことをしようと思ったと、隼人くんは語る。
好きなプログラマーの仕事をしつつ、誰かの隠れ家になるようなカフェを開く。
それが、隼人くんの辿り着いた答えだった。
「だから、今俺がこうしていられるのは、香帆さんのおかげだよ」
「そんな、私は気まぐれに傘を貸しただけで」
「気まぐれの優しさが人を助けることってあると思う。皆、自分が生きるのに一生懸命だからこそ、そういう『ちょっとの優しさ』が大事なんじゃないかな。俺、優しさはのりしろだと思うんだよ」
朝日が隼人くんの顔を淡く縁取る。
長い睫毛が頬に影を落とし、その横顔は見惚れるほど綺麗だ。