真夜中にハーブティーを、あなたとふたりで

「これが、秋の新作ハーブティーかぁ」
 若菜がカップを持ち上げ鼻を近づける。淡い液体がカップの中で揺れていた。
 鎮静効果のあるハーブを中心にブレンドしたから、キャッチフレーズは『ストレスを和らげ穏やかなねむりを』だ。
 今夜は若菜と一緒にTUKUYOMIを訪れている。
 月曜日は定休日だから、客は私たちだけだ。
 悠磨の一件は、彼の退職という形で決着をつけた。
 怒涛のような半月を過ごし、今日は若菜と一緒に秋服を買いに出かけてた。
 カウンターに座る私たちの足元には、紙袋が並んでいる。
「それにしても、パワハラ疑惑に、TUKUYOMIへの誹謗中傷、さらに隼人くんと付き合うなんて、どうして教えてくれなかったの。結果報告だけだなんて、水臭い」
「ごめんごめん。早野さんが辞めて、シフトが回らなくて大変だったの。昨日から販売員がひとり増え、やっと通常体制に戻れたんだ」
 人事とどんな話し合いが行われたのか、詳細は聞かされていない。
 ただ、私のパワハラはなかったと認められ、早野さんは自己都合で退職した。
 人員がひとり欠け大変だったけれど、育児休業を終えた販売員を日本橋店配属としてくれたのだ。
「そんなお疲れのふたりに、こちらもどうぞ」
 カウンターの向こうから、隼人くんがかぼちゃのタルトを出してくれた。
 タルト生地にカボチャペーストをしき詰め、その上に生クリームをたっぷりと乗せている。生クリームの上には、カボチャの種が乗っていた。
「ハーブは関係ないんだけれど、最近お客さんから甘いものはないかって聞かれるから、作ってみたんだ」
「おいおい隼人、なに自分の手柄のように言ってるんだ」
 カウンターの奥、キッチンの方から声がして、加藤くんが顔を覗かせた。
「えっ、もしかしてこのタルト、加藤くんが作ったの?」
「そうだよ。俺、趣味がケーキ作りだから。ぜひ食べて、感想を聞かせて」
「うん」と答え、さっそくタルトを頬張る。
 カボチャの優しい甘味が口の中に広がる。生クリームは甘さ控えめで、濃厚な風味を充分に引き立てている。
 美味しそうにする私たちを見ながら、加藤くんはカウンターから出て若菜の隣に座った。隼人くんはまだ、キッチンでなにかをしている。
 食べながら、若菜に加藤くんがIDFの社員で、隼人くんも悠磨も同じ会社だったと教えた。
 そんな偶然ってある? って驚いていたけれど、私もそう思う。
「香帆のお母さんって、隼人くんとの交際に反対していたじゃない。隼人くんが悠磨さんと同じ会社なら、それについては解決だよね」
「実は、隼人くんがプログラマーの仕事をしているって、母にはまだ伝えていないんだ」
「えっ、どうして」
 若菜が目をパチパチとさせる。
 その質問に一言で答えるのは難しい。
 悠磨と同じ仕事だと言えば、お母さんはきっと交際に賛成するだろう。
 でもそれは、隼人くんがカフェをするのを認めたわけではない。
 カフェの店員も、プログラマーもどちらも隼人くんが大事にしている仕事だ。
 その一方だけで隼人くんを判断されるのは、嫌だと思った。
 隼人くんにそう伝えると、香帆に任せると言ってくれた。
 隼人くんいわく、自分たちがお互いを尊重しながら付き合っていると伝えることがまず大事で、職業はそこに付随する一要素にすぎない、そうだ。
「私たちのペースでゆっくりやっていこう、ってことになった感じ?」
「ふーん。ま、いいんじゃない。香帆、すごく幸せそうだし」
 若菜はそう言うと、再びタルトを口に運ぶ。
 さっき夕食を摂ったばかりだけれど、デザートは別腹だ。
 フォークを刺すと、タルト生地がさくっと割れる。カボチャのペーストがぎっしり詰まったタルトは、フォークで持ち上げるだけでも重さを感じた。
「おいしい。しかもカボチャだと思えば、罪悪感もない!」
「うん、カロリー的にはカボチャの煮物と一緒だよね」
 そんな言い訳をしていると、加藤くんが胡乱な目でこちらを見てきた。
 それに気づいた若菜が、首を傾げる。
「おふたりさん、それ、たっぷりのバターと砂糖が入っているから」
「えっ、そうなの?」
「砂糖は他のケーキよりは少ないけれど、そこまでヘルシーではないよ。でも、ふたりとも細いんだし、もうひとつぐらい大丈夫じゃない?」
 そう言って加藤くんは隼人くんに目配せをする。すると隼人くんが、モンブランを私たちの前に並べた。カウンターから出てこないと思っていたけれど、どうやらこれを作っていたらしい。
 若菜の目が輝く。
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