無能の花嫁は余命僅かの鬼狩り当主に溺愛される
「初代ご当主様が書かれた文字を……そのあの」
「ミミズにしか見えないだろう」
「い、いけません、千隼様」
「ははは」
何かおかしなことをいっただろうか。千隼様は声を出して少年のように笑ってから、愉しげに机に肘をついた。
「あの、なにか?」
「真白に叱られるのもいいもんだな」
「そのような……千隼様を叱ってなど……」
「そうか? ではこれからも初代の書いた文字はミミズだと言っても?」
「な、なりません」
また千隼様がククッと笑みをこぼす。
余命僅かな千隼様のためになんとか手がかりを探すことに集中しなければならないのに、こうしてたわいないことで笑う千隼様の笑顔から目が離せない。
それどころか心が温かくなって幸せな気持ちまで湧いてくる。
こんな気持ちを私は千隼様に会うまで知らなかった。
(優しくて幸せ……)
「……不謹慎だが幸せだな」
「え? 千隼様?」
一瞬、頭の中を読まれたのかと思った。千隼様は形の良い薄い唇を引き上げる。
「こうしてたわいない話をしていると、余命のことも忘れてしまう。真白のお陰だ。真白といるだけで幸せだ」
私は千隼様の手にそっと両手を重ねた。
「同じことを感じておりました。こうしてこれからもずっと千隼様と笑って過ごせたらどんなにいいかと……」
「……真白がそばにいてくれるなら、もう俺は何も望まない」
何かを悟ったような千隼様の表情に私は自分の無力さに打ちひしがれそうになる。けれどそんなことをして悲観して涙を流しても何も生まれない。私はぐっと顔を上げた。
「……私の願いは千隼様のおそばにずっといることです。呪いを解呪する方法はきっとどこかにあるはずです。だから諦めないでください」
「すまない。またお前を不安にさせてしまったな」
千隼様はそういうとこちらにすっと長く骨ばった小指を差し出した。
「約束する、諦めないと」
(ゆびきり……あの男の子とも……)
なぜだか、ふいにあの山で一度だけ会った赤い瞳の男の子と千隼様が重なる。そうだ、あの時の男の子とも指切りをし、互いに生まれてきた意味があることを信じようと指切りをした。信じていればきっと道はある。
「私もお約束致します。絶対に諦めません」
私たちは指切りをすると微笑みあう。
指切りを終えた私は心を奮い立たせるように日記帳に視線を走らせていき、あるページを見て、あっと声を上げた。
「どうした?」