悪名高い天才外科医と一夜の艶事で愛を孕んだら──想定外の溺甘愛が待っていました
「どうして児童文学の編集をしたいんだ?」
「今って、私たちが子どもの頃よりも、子どもたちが夢中になれるものが良くも悪くも増えたじゃないですか。ゲームだったり、動画だったり。子どもの読書量って確実に減ってはきていて……だから、子どもたちに読書って楽しいって思ってもらいたいからですかね。私自身が、児童文学が好きっていうのもあるんですけど」
少し熱弁しかけたと思いながらとなりに視線を向けると、水瀬先生は前を見たまま「へぇ」と言う。
「自分の好きを追って今があるのは、大したもんだな。遠回りしながらも、置かれた環境で自分を見失っていない」
思わぬタイミングで称賛の言葉をかけられ調子が狂う。
小一時間ほど前、辛辣な台詞を並べていた人と同一人物とは思えない。
仕事から切り離された彼の一面を垣間見たようで、動揺しながらも努めて落ち着いた声で「ありがとうございます」と答えた。
「そんな、かっこいいものではないですけど。水瀬先生だって、後を継いでいくために医師になったんじゃないですか」
「俺が医師になったのは、それが当然だったからだ」
代々病院経営をしてきた水瀬の家については、取材を始めてから少し調べている。
両親が築いてきた病院を、ふたりの兄と共に継ぐのは生まれながらにして決まっていたのだろう。当然と言っても、これまでの人生の中で疑問に思ったことだってきっとあるはずだ。
一般家庭に生まれた私には想像もできない寂しい思いも、もしかしたらたくさんあったのかもしれない。
「だけど、水瀬にいてもなんでもできるわけじゃない」
「え……?」
どういう意味だろう。さらりと出てきた言葉は意味深で、その先の話を聞きたくなる。でも、水瀬先生は何事もなかったように「まぁ、とにかく」と声のトーンを上げた。