悪名高い天才外科医と一夜の艶事で愛を孕んだら──想定外の溺甘愛が待っていました
3、心を消した訳 side Takumi
「拡大、もう少し」
切開は数センチ程度。胸そのものはほとんど見ていない。視界の中心にあるのは、内視鏡カメラが映し出すモニター画面の心臓だ。
低侵襲心臓手術──ⅯⅠⅭS。
胸骨を切り開いて行う従来の心臓手術と違い、肋骨と肋骨の間を沿うようにメスを入れる。
胸骨を切らない分、従来のオペより長く安静にする必要もなく、鋤骨関連の合併症のリスクも少ない。
「吸引を」
目に映るのは、拍動が抑えられ、本来の〝生き物らしさ〟を一時的に奪われた臓器。
「ライト、角度」
言葉は最小限で要点だけを伝える。
周囲のスタッフが動くだけで、次に手渡される器具がわかるのはチームを信頼しているからこそだ。
心電図モニターの規則的な音は、オペ室の中に溶け込んでいる。意識するのはその音が乱れないことだけ。
「──閉じよう」
モニター画面の中に見る心臓は、さっきよりも生き物に戻っている。
すでに閉創用セットを手元に寄せているオペ看から、持針器と縫合糸が差し出された。