初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
彼の手が、頬に触れようとした、その瞬間だった。

私は反射的に、一歩下がった。

距離が、はっきりと生まれる。

彼の指先が、空を切る。

「……触れないでください」

自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。

迷いも、揺れもない。

ただ拒絶だけを乗せた言葉。

その一言で、部屋の空気が止まる。

灯りの揺らぎさえ、消えたように感じた。

彼は何も言わない。

ただ、こちらを見ている。

その視線が痛い。

けれど、逸らさない。

逸らしたら、負けてしまう気がした。

「……私は」

喉がわずかに震える。

それでも、言い切る。

「あなたに触れられる理由がありません」

沈黙。

重く、深く沈む空気。

それでも私は、立ったまま、彼を見据え続けた。

――ここで折れるわけにはいかない。

心まで、奪われるわけにはいかないのだから。
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