初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
市場の喧騒の中、私は人々の笑顔に目を奪われていた。

その時、すぐ背後に気配を感じる。

さりげなく近づく足音。

振り返らずとも分かった。

――セリオス。

護衛の列に紛れながら、自然に距離を詰めてくる。

まるで周囲には気づかれないように。

すぐ耳元で、低い声が落ちた。

「お忘れですか、あなたの立場を」

心臓が、強く跳ねる。

思わず足が止まりそうになるのを、必死にこらえる。

「ここに心を置いてはいけません」

冷たい言葉。

先ほどまで感じていた温もりが、一瞬で遠のく。

私は視線を落としたまま、何も答えない。

けれど、その言葉は確かに胸に刺さっていた。

――そうだ。

私は、この国の人間ではない。

決して、馴染んではいけない存在なのだと。

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
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