初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
私は、何も言わなかった。

ただ静かに、その光景から視線を逸らす。

胸の奥に、わずかな違和感が生まれる。

けれど、それが何なのか分からない。

分からないまま、見ないようにした。

その沈黙に、彼は気づいたのだろう。

娘の言葉に応じながらも、わずかに視線がこちらへ向けられる。

一瞬だけ、寂しそうな色がよぎった気がした。

けれど、私は気づかないふりをした。

やがて彼は、自然な動きでその場を離れる。

そして――

「来い」

短く言って、私の手を取った。

人目のない路地へと連れ出される。

「……何を」

言いかけた言葉は、途中で止まった。

ぐっと距離を詰められる。

逃げ場のない距離。

そのまま、まっすぐに見つめられた。

何も言えず、ただ息を呑むしかなかった。
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