初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
夜の山は、想像以上に静かだった。

風が木々を揺らし、かすかな音を立てる。

足元で砂利が鳴るたび、その音がやけに大きく響く。

暗闇が、どこまでも続いているようだった。

……寂しい。

不意に、そんな感情が胸に込み上げる。

あの温もりが、頭をよぎる。

強く抱きしめられた腕。

安心させるように包み込む力。

――あの腕に、しがみつきたい。

思わず足が止まりかける。

だが、すぐに首を振った。

違う。私は、選んだのだ。

セリオスに頼ることもできる。

けれど、それは違う。

これは、私自身の決断なのだから。

それでも、胸の苦しさは消えない。

押さえきれずに、言葉が零れた。

「……アルヴィオン……」

その名を口にした瞬間、胸がさらに締めつけられる。

呼んでも、もう届かないのに。
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