初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
執務室の扉を開けると、視線が一斉にこちらへ向けられた。

その中で、誰かがくすりと笑う。

「おや、皇太子妃。仲がよろしいですな」

からかうような声。

思わず視線を隣へ向けると、彼は何食わぬ顔で書類に目を通している。

けれど、その手は私のすぐそばにあった。

離れる気配は、ない。

書類の山に目を落としながらも、ふと視線が合う。

「これじゃあ、仕事にならないな」

ぼそりと呟かれて、思わず笑ってしまう。

「あら、それは私のセリフよ」

軽く言い返すと、彼はわずかに口元を緩めた。

気づけば、自然と隣に腰を下ろしている。

距離が近いことに、もう違和感はない。

むしろ――それが当たり前になっていた。

「離れるなとは言ったが……これほどまでとは」

呆れたような声。

けれど、その響きはどこか柔らかい。

私は小さく肩をすくめた。

「嬉しいくせに」

そう言うと、彼は何も答えなかった。

ただ、ほんの少しだけ近くに寄せられる距離。

それが、何よりの答えだった。
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