紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
紅の月と落ちてきた少女①(アレク視点)
「まったく下らない預言のせいで、こんな面倒事を引き受けなければならないとはな」
王都アリルアの郊外に広がる小高い丘の頂から、無数の星が瞬く白銀の空を見上げていたアレクシオは独りごちて、はあ、と息を吐いた。
傍らでは彼の愛馬であるグラナートが、長い尾をゆらゆらと揺らしながら、足元に生える草を食んでいる。
まるでアレクシオの独り言を聞いていたかのように、ぴくり、と耳を動かすと、グラナートは草を食むのを止め、ぶるるる、と鼻を鳴らした。
そんな愛馬の様子を横目に見やりつつ、事の始まりである一年前の事を思い出し、アレクシオは渋い表情を浮かべた。
***
緩やかな楕円形を描く天井に埋め込まれた煌びやかなステンドグラス。
白濁色の美しい光沢を湛えた大理石の柱が、楕円形の天井を支え、並び立つ白い柱から広がる壁には、見るからに価値がありそうな彫刻像や調度品の数々が整然と並び立てられている。
贅の限りを尽くしたかのような豪奢な造りの部屋――……と言うには、あまりにも広すぎる謁見の間に通されたアレクシオは、だだっ広い一室の最奥に鎮座する玉座を見やり、はあ、と小さく溜め息を吐いた。
高級そうな獣の毛皮で仕立てた外套に身を包み、顎に蓄えた白髪混じりの長鬚を愛おしげに撫でながら、真紅の玉座に堂々たる姿勢で腰を据えているのは、王都アリルアの君主であるルードリッヒⅡ世だ。
(――……まったく、どうして俺が呼び出さなければいけないんだ)
視線の先に君主たる国王陛下の姿を認め、もう一度、今度は先ほどよりも、さらに深く溜め息を吐くと、アレクシオは、じわり、と痛みを訴え始めた額を片手で押さえた。
事の発端は今から遡ること一時間ほど前の話だ。
週に一度行われる定例会議を終え、寄宿舎に戻ろうとして、アレクシオは待ち構えていたヴィクトールに呼び止められた。
ヴィクトール・レザ・バルディーニ。
類稀な頭脳と多彩な知識を持ち合わせ、あらゆるジャンルに於いて、数多くの成功を収め、その功績と手腕を買われ、今や国王陛下の側近として、政務のほとんどを任されているのがヴィクトールだ。
緻密に練り込まれた戦略であったり、誰も思いつかないような提案を打ち立てたり――……とその機転の良さと奇抜な発想力は誰もが認めるところであり、アレクシオ自身も、ヴィクトールと手を組み、何度か任務を遂行したことがあるが、その働きぶりは申し分なく、一緒に仕事をこなす相手としては、これ以上にない逸材だ。
だが目的を成し遂げることを何よりも優先するがため、強引に事を推し進める嫌いがあり、成功を収めるためであれば、多少の犠牲は厭わず、下層階級の民などはしばしば、この男に苦汁を舐めさせられている。
それゆえ市井の人々からの評価は地を這うがごとく低く、彼を支持する者はほとんどいない。
ヴィクトールの目に余りある強硬手段には、周りの人間たちも手を焼いているのだが、彼の存在なくしては成り立たなかったであろう事案は多くあり、また彼がいたからこそ、成しえた事例も多くあるため、ぞんざいに扱うこともできず、手を拱いているのが現状だ。
任務を遂行するため、致し方なく、結託することもあるが、ヴィクトールとは極力絡みたくない――……というのがアレクシオの本音だ。
何しろ、この男が持ってくる話は、どれもこれも厄介な事ばかりで、いい話など一度たりともない。
そんなわけで定例会議を終えた後、待ち構えていたヴィクトールに捕まった時点で、とんでもなく嫌な予感はしていたのだが。
(…………陛下直々に呼び出されるとはな、)
ほんの少し前の出来事を遠い目で回顧していたアレクシオは、はあ、と溜め息を吐いた。
話の纏まらない議論に丸一日付き合わされ、ただでさえ疲れているというのに、これから頭が痛くなるような話を聞かされるのかと思うと、自ずと足取りは重くなる。もういっそうのこと、回れ右をして、この場から早急に立ち去りたいところだが、さすがに国王陛下を相手にそれを実行するのはまずいだろう。
こうなったらとことんまで付き合うしかない。
もうほとんど諦めに近い気持ちで、アレクシオはだだっ広い謁見の間の最奥で真紅の玉座に腰を据えて待つ主の元へと向かった。
王都アリルアの郊外に広がる小高い丘の頂から、無数の星が瞬く白銀の空を見上げていたアレクシオは独りごちて、はあ、と息を吐いた。
傍らでは彼の愛馬であるグラナートが、長い尾をゆらゆらと揺らしながら、足元に生える草を食んでいる。
まるでアレクシオの独り言を聞いていたかのように、ぴくり、と耳を動かすと、グラナートは草を食むのを止め、ぶるるる、と鼻を鳴らした。
そんな愛馬の様子を横目に見やりつつ、事の始まりである一年前の事を思い出し、アレクシオは渋い表情を浮かべた。
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緩やかな楕円形を描く天井に埋め込まれた煌びやかなステンドグラス。
白濁色の美しい光沢を湛えた大理石の柱が、楕円形の天井を支え、並び立つ白い柱から広がる壁には、見るからに価値がありそうな彫刻像や調度品の数々が整然と並び立てられている。
贅の限りを尽くしたかのような豪奢な造りの部屋――……と言うには、あまりにも広すぎる謁見の間に通されたアレクシオは、だだっ広い一室の最奥に鎮座する玉座を見やり、はあ、と小さく溜め息を吐いた。
高級そうな獣の毛皮で仕立てた外套に身を包み、顎に蓄えた白髪混じりの長鬚を愛おしげに撫でながら、真紅の玉座に堂々たる姿勢で腰を据えているのは、王都アリルアの君主であるルードリッヒⅡ世だ。
(――……まったく、どうして俺が呼び出さなければいけないんだ)
視線の先に君主たる国王陛下の姿を認め、もう一度、今度は先ほどよりも、さらに深く溜め息を吐くと、アレクシオは、じわり、と痛みを訴え始めた額を片手で押さえた。
事の発端は今から遡ること一時間ほど前の話だ。
週に一度行われる定例会議を終え、寄宿舎に戻ろうとして、アレクシオは待ち構えていたヴィクトールに呼び止められた。
ヴィクトール・レザ・バルディーニ。
類稀な頭脳と多彩な知識を持ち合わせ、あらゆるジャンルに於いて、数多くの成功を収め、その功績と手腕を買われ、今や国王陛下の側近として、政務のほとんどを任されているのがヴィクトールだ。
緻密に練り込まれた戦略であったり、誰も思いつかないような提案を打ち立てたり――……とその機転の良さと奇抜な発想力は誰もが認めるところであり、アレクシオ自身も、ヴィクトールと手を組み、何度か任務を遂行したことがあるが、その働きぶりは申し分なく、一緒に仕事をこなす相手としては、これ以上にない逸材だ。
だが目的を成し遂げることを何よりも優先するがため、強引に事を推し進める嫌いがあり、成功を収めるためであれば、多少の犠牲は厭わず、下層階級の民などはしばしば、この男に苦汁を舐めさせられている。
それゆえ市井の人々からの評価は地を這うがごとく低く、彼を支持する者はほとんどいない。
ヴィクトールの目に余りある強硬手段には、周りの人間たちも手を焼いているのだが、彼の存在なくしては成り立たなかったであろう事案は多くあり、また彼がいたからこそ、成しえた事例も多くあるため、ぞんざいに扱うこともできず、手を拱いているのが現状だ。
任務を遂行するため、致し方なく、結託することもあるが、ヴィクトールとは極力絡みたくない――……というのがアレクシオの本音だ。
何しろ、この男が持ってくる話は、どれもこれも厄介な事ばかりで、いい話など一度たりともない。
そんなわけで定例会議を終えた後、待ち構えていたヴィクトールに捕まった時点で、とんでもなく嫌な予感はしていたのだが。
(…………陛下直々に呼び出されるとはな、)
ほんの少し前の出来事を遠い目で回顧していたアレクシオは、はあ、と溜め息を吐いた。
話の纏まらない議論に丸一日付き合わされ、ただでさえ疲れているというのに、これから頭が痛くなるような話を聞かされるのかと思うと、自ずと足取りは重くなる。もういっそうのこと、回れ右をして、この場から早急に立ち去りたいところだが、さすがに国王陛下を相手にそれを実行するのはまずいだろう。
こうなったらとことんまで付き合うしかない。
もうほとんど諦めに近い気持ちで、アレクシオはだだっ広い謁見の間の最奥で真紅の玉座に腰を据えて待つ主の元へと向かった。