紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
桜、舞い散る②
「じゃ~ん! ついにスマホデビューしちゃったあ!」
満面に笑みを浮かべながら花菜ちゃんが掲げたのは標準のものよりも一回りほど小さめのスマートフォン。女子中高生を中心に人気急上昇中のモデルを起用したCMが巷で話題になっている最新モデルのスマホだ。
「あ、それって朝比奈シオンがCMに出てる最新機種だよね?」
「えへへへ~、パパにおねだりして買ってもらったんだあ~。っていうかさ、美緒もスマホに変えなよー。最初は少し戸惑うけど、慣れたらすっごく便利いいんだよー! 無料で通話できるアプリとかあるし、それにほら何だっけ? 美緒が好きな……え~っと……」
「…………孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる、?」
丸みを帯びた可愛らしいフォルムのスマホを唇に押し当てながら、何だったけなあ、と懸命に記憶を手繰り寄せている花菜ちゃんを横目に見つつ、それとなく助け舟を出せば、花菜ちゃんは、ぱあっ、と表情を輝かせると、ぽむっ、と手を打つ。
「そうそう、それ! その勇者なんとかっていうゲームの続編がアプリ限定で配信されるんだって大騒ぎしてたじゃない?」
「確かにまあそうだけど……」
『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』
略して“孤高勇者”は先の読めないドラマチックな展開と独特の育成システムが神過ぎる! と世のゲーマーたちの間で大評判となり、それをきっかけにメディアでも大々的に取り上げられるなど、爆発的な人気を博した国民的ロールプレイングゲームだ。
売れっ子イラストレーターが描くキャラクターも、またどれもこれも美麗かつ魅力的で、腐女子が好きそうな男性キャラも数多く登場するため、女性ユーザーのファンが多いのも、特徴の一つだろう。
一作目が発売されてから、かれこれ五年が経つが、その人気は依然として高く、孤高勇者シリーズとして続編や外伝なんかも含め、これまでに八作品がリリースされている。その最新作が先ほど花菜ちゃんが言っていたアプリ版なのだ。
正確に言うと続編ではなく、シリーズ二作目に脇役として登場したディートリヒ皇子が主役のスピンオフ作品なんだけどね。
第一作からずっと追いかけている身としては、孤高勇者生誕五周年を記念してリリースされたアプリ版も、先陣切ってプレイしたかったのだけれど、私が使っている二つ折りの携帯はアプリ非対応機種らしく、涙を呑む結果となってしまったのだ。
「それにほら、美緒、もうすぐ誕生日じゃん? プレゼントで欲しいって言えば、きっと買ってくれると思うよ?」
「うーん、そうかなあ?」
「ってもう! さっきから歯切れ悪いわねえ! 今どき二つ折りの携帯を持ってる女子高生なんて美緒くらいよ!」
「いやいやいや、さすがに私だけっていうのはないと思うけど……」
言葉を巧みに繰り、もう一押しとばかり、畳みかけてくる花菜ちゃんの誘いにぶすぶすと燻っていた心が、ぐらり、と揺らぐ。
花菜ちゃんの言うとおり、あと一週間もすれば、私は十八歳の誕生日を迎える。
今持っている二つ折りの携帯電話は中学二年の夏に機種変更したもので、もうかれこれ四年近く使っていて、最近はバッテリーの減りも早く、ちょっとした不具合もあるのだが、最低限必要な通話とメールとウェブ閲覧は今のところ差し支えなく使えているから、あまり気にしなかったのだが。
(うーん、どうしよう。パパに一度おねだりしてみようかなあ)
誕生日プレゼントとして要求するにはスマートフォンはあまりに高価なものだ。
けれど今使っている二つ折りの携帯電話も随分と使い古し、そろそろ機種変更をしてもいい時期になっていることを考えれば、確かに誕生日を口実に話を切り出すのはいいアイデアかもしれない。
それにやっぱりどうしたってアプリ版孤高勇者をプレイしたい!
「そうだね、うん、わかった! 買ってもらえるかどうか分かんないけど、一回パパに話してみるよ」
「そうよ、そうよ、そうしなさい、美緒」
花菜ちゃんの強い押しと孤高勇者をプレイしたい! という思いに突き動かされ、おし、スマホを買うぞー! と決意を固めたその矢先、いきなり突風が巻き起こったかと思えば、吹き荒れる風にさわさわと音を立てながら、桜の花びらが一斉に宙へと舞い上がった。
強い風に煽られ、舞い上がった無数の花びらが取り囲むように、目の前を鮮やかな桜色へと変えてゆく。
「う、わぁ……きれー……」
舞い散る花びらが作り出す幻想的な光景に目を奪われ、私は瞬きをするのも忘れ、浮世離れしたその光景を食い入るように見つめた。
風に揺られ、ふわり、ふわり、と桜の花びらが目の前に落ちてくる。
桜色の花びらに触れようとして、腕を伸ばしたその時だった。
――……美……緒……
微かに耳に響いた声に驚いて、キョロキョロと辺りを見回す。
だけど風に舞い散る桜の花びらのせいで、視界は悪く、遠くまで見渡せない。
――……美、緒……
見えにくい視界の中、声の相手を懸命に探していたら、また声が響いた。
今にも消え入りそうな小さな声だけど、どこからか聞こえてくるそれは聞き覚えのある声だ。
(この声は――……)
耳に届く声は幻聴なんかじゃない、と確信した私は舞い散る桜の花びらの奥に向って、
「貴方は誰なの!?」
と声を張り上げていた。
「……な、何? だ……誰かいるの?」
突然、大声を出した私に驚いて、花菜ちゃんが不安げに腕を掴む。
「声が……」
「え? 声って何よ? わ……わたしには何も聞こえないわよ? ねえ、美緒?」
花菜ちゃんも言い知れぬ、何かを感じ取ったみたいで、擦れた声を出しながら、更に強く私の腕にしがみつく。
「み……美緒! は、早く学校に行こうよ!」
言い知れない不穏な空気に、弾けるような声を出した花菜ちゃんが、まるで動こうとしない私の腕を強引に引っ張ろうとした。
けれど振り向きざま、桜吹雪の向こうに人影のようなものが、すう、と動いたことに気づき、私は目に見えない強い力に引き寄せられるように、花菜ちゃんの腕を振り切ると、視界に捉えた人影に向って歩いて行った。
――……美緒……
微かにしか聞き取れなかった声は人影に近づくにつれ、どんどん大きくなってゆく。
――……美緒……私を……私を助けて!
今まで名前だけしか紡がなかった声が、助けを求める強い声に変わった瞬間、再び突風が巻き起こり、身体を取り巻くように、桜の花びらが一斉に舞い上がった。
「きゃあ!」
吹き荒れた風に驚いて、小さな声を上げた直後、視界に映る全てのものが、ぐにゃり、と歪んだ。
「って、な……何、こ――……っ!?」
自分の目がどうにかなったのかと思って、目を擦ろうとしたけれど、そうすることは叶わなかった。
強い吐き気と眩暈に襲われ、視界がぐらつく。
不意に襲った得体の知れない異変に、びくり、と身体を震わせて、両腕で自分の身体を掻き抱こうとして、身体中のありとあらゆる骨が、ぎしぎしと音を立てて軋み始めた。
「い――……っ、あっ、あああああああっ!」
呼吸もできないほどの激しい痛みに襲われ、膝から崩れ落ちるように地面に倒れる。
土の中に埋もれそうなくらい、身体が重くて、意識を保つのすら辛い。
(苦……しいよぅ、って、なに、これ。心臓、発作……とか? って、私、このまま死ん……じゃう、の?)
徐々に薄れてゆく意識の中で、ぼんやりとそんなことを考えていたら、
「何かあったの、美緒!? ねえ、返事して!」
緊迫した花菜ちゃんの声が、掻き消えそうになっていた私の意識を引き戻してくれた。
「か……かなちゃ……っ、ひ、あ、あ、あああ……っ!!」
花菜ちゃんに助けを求めようとして、力を振り絞って口を開いたけれど、身体中の骨という骨がばらばらに砕け散るんじゃないかと思うほどの激痛に襲われ、その痛みから逃れるように私は意識を手放した――――――
満面に笑みを浮かべながら花菜ちゃんが掲げたのは標準のものよりも一回りほど小さめのスマートフォン。女子中高生を中心に人気急上昇中のモデルを起用したCMが巷で話題になっている最新モデルのスマホだ。
「あ、それって朝比奈シオンがCMに出てる最新機種だよね?」
「えへへへ~、パパにおねだりして買ってもらったんだあ~。っていうかさ、美緒もスマホに変えなよー。最初は少し戸惑うけど、慣れたらすっごく便利いいんだよー! 無料で通話できるアプリとかあるし、それにほら何だっけ? 美緒が好きな……え~っと……」
「…………孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる、?」
丸みを帯びた可愛らしいフォルムのスマホを唇に押し当てながら、何だったけなあ、と懸命に記憶を手繰り寄せている花菜ちゃんを横目に見つつ、それとなく助け舟を出せば、花菜ちゃんは、ぱあっ、と表情を輝かせると、ぽむっ、と手を打つ。
「そうそう、それ! その勇者なんとかっていうゲームの続編がアプリ限定で配信されるんだって大騒ぎしてたじゃない?」
「確かにまあそうだけど……」
『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』
略して“孤高勇者”は先の読めないドラマチックな展開と独特の育成システムが神過ぎる! と世のゲーマーたちの間で大評判となり、それをきっかけにメディアでも大々的に取り上げられるなど、爆発的な人気を博した国民的ロールプレイングゲームだ。
売れっ子イラストレーターが描くキャラクターも、またどれもこれも美麗かつ魅力的で、腐女子が好きそうな男性キャラも数多く登場するため、女性ユーザーのファンが多いのも、特徴の一つだろう。
一作目が発売されてから、かれこれ五年が経つが、その人気は依然として高く、孤高勇者シリーズとして続編や外伝なんかも含め、これまでに八作品がリリースされている。その最新作が先ほど花菜ちゃんが言っていたアプリ版なのだ。
正確に言うと続編ではなく、シリーズ二作目に脇役として登場したディートリヒ皇子が主役のスピンオフ作品なんだけどね。
第一作からずっと追いかけている身としては、孤高勇者生誕五周年を記念してリリースされたアプリ版も、先陣切ってプレイしたかったのだけれど、私が使っている二つ折りの携帯はアプリ非対応機種らしく、涙を呑む結果となってしまったのだ。
「それにほら、美緒、もうすぐ誕生日じゃん? プレゼントで欲しいって言えば、きっと買ってくれると思うよ?」
「うーん、そうかなあ?」
「ってもう! さっきから歯切れ悪いわねえ! 今どき二つ折りの携帯を持ってる女子高生なんて美緒くらいよ!」
「いやいやいや、さすがに私だけっていうのはないと思うけど……」
言葉を巧みに繰り、もう一押しとばかり、畳みかけてくる花菜ちゃんの誘いにぶすぶすと燻っていた心が、ぐらり、と揺らぐ。
花菜ちゃんの言うとおり、あと一週間もすれば、私は十八歳の誕生日を迎える。
今持っている二つ折りの携帯電話は中学二年の夏に機種変更したもので、もうかれこれ四年近く使っていて、最近はバッテリーの減りも早く、ちょっとした不具合もあるのだが、最低限必要な通話とメールとウェブ閲覧は今のところ差し支えなく使えているから、あまり気にしなかったのだが。
(うーん、どうしよう。パパに一度おねだりしてみようかなあ)
誕生日プレゼントとして要求するにはスマートフォンはあまりに高価なものだ。
けれど今使っている二つ折りの携帯電話も随分と使い古し、そろそろ機種変更をしてもいい時期になっていることを考えれば、確かに誕生日を口実に話を切り出すのはいいアイデアかもしれない。
それにやっぱりどうしたってアプリ版孤高勇者をプレイしたい!
「そうだね、うん、わかった! 買ってもらえるかどうか分かんないけど、一回パパに話してみるよ」
「そうよ、そうよ、そうしなさい、美緒」
花菜ちゃんの強い押しと孤高勇者をプレイしたい! という思いに突き動かされ、おし、スマホを買うぞー! と決意を固めたその矢先、いきなり突風が巻き起こったかと思えば、吹き荒れる風にさわさわと音を立てながら、桜の花びらが一斉に宙へと舞い上がった。
強い風に煽られ、舞い上がった無数の花びらが取り囲むように、目の前を鮮やかな桜色へと変えてゆく。
「う、わぁ……きれー……」
舞い散る花びらが作り出す幻想的な光景に目を奪われ、私は瞬きをするのも忘れ、浮世離れしたその光景を食い入るように見つめた。
風に揺られ、ふわり、ふわり、と桜の花びらが目の前に落ちてくる。
桜色の花びらに触れようとして、腕を伸ばしたその時だった。
――……美……緒……
微かに耳に響いた声に驚いて、キョロキョロと辺りを見回す。
だけど風に舞い散る桜の花びらのせいで、視界は悪く、遠くまで見渡せない。
――……美、緒……
見えにくい視界の中、声の相手を懸命に探していたら、また声が響いた。
今にも消え入りそうな小さな声だけど、どこからか聞こえてくるそれは聞き覚えのある声だ。
(この声は――……)
耳に届く声は幻聴なんかじゃない、と確信した私は舞い散る桜の花びらの奥に向って、
「貴方は誰なの!?」
と声を張り上げていた。
「……な、何? だ……誰かいるの?」
突然、大声を出した私に驚いて、花菜ちゃんが不安げに腕を掴む。
「声が……」
「え? 声って何よ? わ……わたしには何も聞こえないわよ? ねえ、美緒?」
花菜ちゃんも言い知れぬ、何かを感じ取ったみたいで、擦れた声を出しながら、更に強く私の腕にしがみつく。
「み……美緒! は、早く学校に行こうよ!」
言い知れない不穏な空気に、弾けるような声を出した花菜ちゃんが、まるで動こうとしない私の腕を強引に引っ張ろうとした。
けれど振り向きざま、桜吹雪の向こうに人影のようなものが、すう、と動いたことに気づき、私は目に見えない強い力に引き寄せられるように、花菜ちゃんの腕を振り切ると、視界に捉えた人影に向って歩いて行った。
――……美緒……
微かにしか聞き取れなかった声は人影に近づくにつれ、どんどん大きくなってゆく。
――……美緒……私を……私を助けて!
今まで名前だけしか紡がなかった声が、助けを求める強い声に変わった瞬間、再び突風が巻き起こり、身体を取り巻くように、桜の花びらが一斉に舞い上がった。
「きゃあ!」
吹き荒れた風に驚いて、小さな声を上げた直後、視界に映る全てのものが、ぐにゃり、と歪んだ。
「って、な……何、こ――……っ!?」
自分の目がどうにかなったのかと思って、目を擦ろうとしたけれど、そうすることは叶わなかった。
強い吐き気と眩暈に襲われ、視界がぐらつく。
不意に襲った得体の知れない異変に、びくり、と身体を震わせて、両腕で自分の身体を掻き抱こうとして、身体中のありとあらゆる骨が、ぎしぎしと音を立てて軋み始めた。
「い――……っ、あっ、あああああああっ!」
呼吸もできないほどの激しい痛みに襲われ、膝から崩れ落ちるように地面に倒れる。
土の中に埋もれそうなくらい、身体が重くて、意識を保つのすら辛い。
(苦……しいよぅ、って、なに、これ。心臓、発作……とか? って、私、このまま死ん……じゃう、の?)
徐々に薄れてゆく意識の中で、ぼんやりとそんなことを考えていたら、
「何かあったの、美緒!? ねえ、返事して!」
緊迫した花菜ちゃんの声が、掻き消えそうになっていた私の意識を引き戻してくれた。
「か……かなちゃ……っ、ひ、あ、あ、あああ……っ!!」
花菜ちゃんに助けを求めようとして、力を振り絞って口を開いたけれど、身体中の骨という骨がばらばらに砕け散るんじゃないかと思うほどの激痛に襲われ、その痛みから逃れるように私は意識を手放した――――――