紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
紅の月と落ちてきた少女③(アレク視点)
「アレクシオよ――……月に異変が起きた時に現れるという“異端者”のことは知っておるか?」
「ええ、存じております。確か世の中の動乱を鎮めるために、異世界から召喚される存在であると、歴史書に記されていたのを読んだことがあります」
間髪入れず、返ってきた答えに、ルードリッヒは満足気に肯く。
見立てていた通り、知識の方も、かなり蓄えているようだ。
「ほう、よく知っていたな。紅い月は世界に不穏を齎す存在だと云われ、嘗ての大戦も、月が紅く染まったことが発端となり、勃発したと記されている。数か月にも及んだ戦は数多の国を巻き込み、世の中は混迷を極め、数多くの犠牲者を出しても尚、動乱は一向に収まらず、ますます激しさを増していった。そんな折だ。“月に呼ばれし異端の者”が現れたのは」
「確か大戦が起きてから、半年後に現れた“異端者”の導きによって、終息を迎えたそうですね」
「ああ、そうだ。表向きは、な」
「表向き、とはどういうことでしょうか?」
その表情を暗に曇らせ、何かを包み隠したかのような物言いをしたルードリッヒを見返し、アレクシオは怪訝そうに眉を顰めた。
ルードリッヒやヴィクトールが持ちかけてくる話は、いつも頭が痛くなるような厄介なものばかりだが、どうやら今回も一筋縄ではいかない難題のようだ。
何を思ってルードリッヒが自分を呼び立てたのか、その意図は掴めないが、話の内容から考えてみても、個人的に誰かに話したところで、解決するような問題ではないだろう。しかしそれを主張したところで、主がすんなりと解放してくれるような性質ではないことを、アレクシオは嫌というほど知っている。
どうしてこんな面倒なことに付き合わなければいけないんだ、と内心で憮然としつつ、引っかかりを覚えたそれについて言及すれば、ルードリッヒは小難しい表情はそのまま、顎に蓄えた髭を軽く撫で息を吐く。
「歴史書ではあたかも“異端者”が動乱を治め、世界を安寧に導いた“救世者”かのように記されているが、実際はそうではないらしくてな」
「それはどういうことでしょうか?」
「要するにだ。“異端者”は“救世主”ではない、ということだ」
「私の理解が及ばず、申し訳ありませんが、陛下の仰られている意味がよく分りません。“異端者”が“救世主”ではないのだとすれば、一体、何なのです?」
当然までの疑問を投げかけられ、ルードリッヒは苦く笑う。
「ああ、その件についてだが、デルファナ大陸に遺された旧跡から、面白いものが見つかってな」
「面白いもの、ですか? それ以前、デルファナ大陸は禁足地だったはずですが」
「それにはまあ色々と事情があってな。トゥルセイア国の船が忽然と消息を絶ったという話は知っているだろう?」
「ええ、まあ。大まかな概要程度なら存じておりますが。一月ほど前、ザルツダムを出港した船が、ベレト海域周辺を航行中、連絡が途絶えたと聞いていますが――……消息を絶った船が漂流した先がデルファナ大陸だったということでしょうか?」
「ああ、正しくその通りだ。幸いなことに乗組員、乗客ともに全員無事との報せを受けて、救助に向かうことになったんだが、南大陸に足を踏み入れる機会なんて、そう滅多にないことだろう? ついで、と言ってしまうと聞こえは悪いが、トゥルセイア国の調査団も一緒に派遣されることになってね」
「なるほど。それで調査団は何を見つけたのです?」
人命救助のついでとは質が悪いですね――……と言うのはさすがに憚られ、なるほどと首肯するだけに留めつつ、依然として全容が全く掴めない話に痺れを切らし、さっさと本題を切り出せと言わんばかり、アレクシオが先を促せば、やれやれといった体で小さく肩を竦めると、ルードリッヒは先を続けた。
「発見されたのは石板だよ。しかもこれまでに発掘されてきたものとは時代も様式も全く違うものだったようでね。調査団が現地に留まって色々と調べていたそうだが、かなり年代が古いもので、石板に描かれている古代文字の解読にずいぶんと梃子摺ったようだが、先日、ついに解読に成功したそうだ」
「ではその石板に“月に呼ばれし異端者”に関することが記述されていた、ということですね? どのようなことが記述されていたのです?」
「まあそう焦るな、アレクシオ。時間ならたっぷりとあるだろう」
ルードリッヒの話はとにかく回りくどく無駄に長い。
主に主導権を握らせていては、いつまで経っても終わりそうにない、と先手を打って、矢継ぎ早に質問を投げかければ、ルードリッヒは何とも空恐ろしいことを平然と宣う。
だらだらといつまでも無駄話につき合う暇などない! とついうっかり暴言を吐きそうになる気持ちをぐっと堪え、引き攣りそうになる表情筋を抑えると、アレクシオはぎこちなく笑みを浮かべた。
「時間はありますが、夜も遅いですし、あまり長話をされていては身体に障りますよ、陛下」
「うむ……まあそれもそうだな」
当たり障りのない言葉を選びつつ、早く話を終わらせろと遠回しに牽制すれば、ルードリッヒは意外にもあっさりと肯く。
「お前が指摘した通り、石板には“異端者”に関することが記されていたそうだ。古代史に精通した学者によると、石板はレガル王朝期に作られたもので、その時代にも月に異変があったようだ」
「レガル王朝期といえば、今から四千年以上も前の時代ですね」
「どうやら異変は太古から繰り返し起きていたようだな。その周期はおおよそ千年だと云われている。そして月に異変が起きた際に“異端者”が現れるという事象も、やはり太古から受け継がれているのは確かだ。ただ今回発見された石板では“異端者”は穢れた世界を無に還す存在として嫌忌されている」
「世界を無に還す存在――……ですか」
「ああ、そうだ。様々な悪行によって腐敗した世を浄化させ、再生させるのが、“異端者”の真の役目。捉えようによってはそれは“救世主”のようにも聞こえるが、“異端者”は穢れた世を無に還すために全てを破壊し尽くす存在だと――……石板にはそのように記されていたそうだ」
「では現在世界各地から報告が上がっている異常事態の要因は“異端者”にある、ということでしょうか」
「さあな。何せ千年に一度しか起きない事象らしいから詳しいことは私にも分からない。だが少なくとも月に異変が起きているということに限っては揺るぎようのない事実だ」
苦々しく溢して吐息を一つ落とすと、ルードリッヒは視線の先を窓の外へと向け、中天に浮かぶ禍々しい色を湛えた月を再び見据えた。
月を隠していた薄雲が風に流され、その切れ間から差し込んだ月明かりが、中天を見据えるルードリッヒの顔をほんのりと照らす。
深い皺が刻まれた目元に濃い疲労の色を落とすルードリッヒの横顔を見やりながら、つい今しがた得たばかりの情報を整理しようとしたアレクシオだったが、知り得たその内容は、あまりにも現実味に欠けていて、すぐには受け入れられそうにもない。
これまでも幾度となく無理難題を押し付けられ、そのたびに振り回されてきたから、多少のことでは動じないアレクシオだが、さすがに今回の件は事が重大すぎて、最早、アレクシオ一人で、どうこうできるレベルではない。
それこそ各分野の有識者を集め、早急に議会を開き、話し合うべき事案であろう。
だがそういった対策に講じる以前、こうして個人的に呼び立てたのには、何らかの理由があったからであろうことは安易に予想できるのだが、さすがにその目的までは量り知れない。
ただこれまでの経験から考えてみても、これから展開されるであろう話が、ろくでもないものであることは確かだろう。
(……何だかまた頭が痛くなってきたぞ)
先のことを思いやり、ずきりと痛みを訴えた額に手を押し当て、はあ、と溜め息を漏らして直後、アレクシオの憂いはものの見事に現実のものへと変わることとなった。
「ええ、存じております。確か世の中の動乱を鎮めるために、異世界から召喚される存在であると、歴史書に記されていたのを読んだことがあります」
間髪入れず、返ってきた答えに、ルードリッヒは満足気に肯く。
見立てていた通り、知識の方も、かなり蓄えているようだ。
「ほう、よく知っていたな。紅い月は世界に不穏を齎す存在だと云われ、嘗ての大戦も、月が紅く染まったことが発端となり、勃発したと記されている。数か月にも及んだ戦は数多の国を巻き込み、世の中は混迷を極め、数多くの犠牲者を出しても尚、動乱は一向に収まらず、ますます激しさを増していった。そんな折だ。“月に呼ばれし異端の者”が現れたのは」
「確か大戦が起きてから、半年後に現れた“異端者”の導きによって、終息を迎えたそうですね」
「ああ、そうだ。表向きは、な」
「表向き、とはどういうことでしょうか?」
その表情を暗に曇らせ、何かを包み隠したかのような物言いをしたルードリッヒを見返し、アレクシオは怪訝そうに眉を顰めた。
ルードリッヒやヴィクトールが持ちかけてくる話は、いつも頭が痛くなるような厄介なものばかりだが、どうやら今回も一筋縄ではいかない難題のようだ。
何を思ってルードリッヒが自分を呼び立てたのか、その意図は掴めないが、話の内容から考えてみても、個人的に誰かに話したところで、解決するような問題ではないだろう。しかしそれを主張したところで、主がすんなりと解放してくれるような性質ではないことを、アレクシオは嫌というほど知っている。
どうしてこんな面倒なことに付き合わなければいけないんだ、と内心で憮然としつつ、引っかかりを覚えたそれについて言及すれば、ルードリッヒは小難しい表情はそのまま、顎に蓄えた髭を軽く撫で息を吐く。
「歴史書ではあたかも“異端者”が動乱を治め、世界を安寧に導いた“救世者”かのように記されているが、実際はそうではないらしくてな」
「それはどういうことでしょうか?」
「要するにだ。“異端者”は“救世主”ではない、ということだ」
「私の理解が及ばず、申し訳ありませんが、陛下の仰られている意味がよく分りません。“異端者”が“救世主”ではないのだとすれば、一体、何なのです?」
当然までの疑問を投げかけられ、ルードリッヒは苦く笑う。
「ああ、その件についてだが、デルファナ大陸に遺された旧跡から、面白いものが見つかってな」
「面白いもの、ですか? それ以前、デルファナ大陸は禁足地だったはずですが」
「それにはまあ色々と事情があってな。トゥルセイア国の船が忽然と消息を絶ったという話は知っているだろう?」
「ええ、まあ。大まかな概要程度なら存じておりますが。一月ほど前、ザルツダムを出港した船が、ベレト海域周辺を航行中、連絡が途絶えたと聞いていますが――……消息を絶った船が漂流した先がデルファナ大陸だったということでしょうか?」
「ああ、正しくその通りだ。幸いなことに乗組員、乗客ともに全員無事との報せを受けて、救助に向かうことになったんだが、南大陸に足を踏み入れる機会なんて、そう滅多にないことだろう? ついで、と言ってしまうと聞こえは悪いが、トゥルセイア国の調査団も一緒に派遣されることになってね」
「なるほど。それで調査団は何を見つけたのです?」
人命救助のついでとは質が悪いですね――……と言うのはさすがに憚られ、なるほどと首肯するだけに留めつつ、依然として全容が全く掴めない話に痺れを切らし、さっさと本題を切り出せと言わんばかり、アレクシオが先を促せば、やれやれといった体で小さく肩を竦めると、ルードリッヒは先を続けた。
「発見されたのは石板だよ。しかもこれまでに発掘されてきたものとは時代も様式も全く違うものだったようでね。調査団が現地に留まって色々と調べていたそうだが、かなり年代が古いもので、石板に描かれている古代文字の解読にずいぶんと梃子摺ったようだが、先日、ついに解読に成功したそうだ」
「ではその石板に“月に呼ばれし異端者”に関することが記述されていた、ということですね? どのようなことが記述されていたのです?」
「まあそう焦るな、アレクシオ。時間ならたっぷりとあるだろう」
ルードリッヒの話はとにかく回りくどく無駄に長い。
主に主導権を握らせていては、いつまで経っても終わりそうにない、と先手を打って、矢継ぎ早に質問を投げかければ、ルードリッヒは何とも空恐ろしいことを平然と宣う。
だらだらといつまでも無駄話につき合う暇などない! とついうっかり暴言を吐きそうになる気持ちをぐっと堪え、引き攣りそうになる表情筋を抑えると、アレクシオはぎこちなく笑みを浮かべた。
「時間はありますが、夜も遅いですし、あまり長話をされていては身体に障りますよ、陛下」
「うむ……まあそれもそうだな」
当たり障りのない言葉を選びつつ、早く話を終わらせろと遠回しに牽制すれば、ルードリッヒは意外にもあっさりと肯く。
「お前が指摘した通り、石板には“異端者”に関することが記されていたそうだ。古代史に精通した学者によると、石板はレガル王朝期に作られたもので、その時代にも月に異変があったようだ」
「レガル王朝期といえば、今から四千年以上も前の時代ですね」
「どうやら異変は太古から繰り返し起きていたようだな。その周期はおおよそ千年だと云われている。そして月に異変が起きた際に“異端者”が現れるという事象も、やはり太古から受け継がれているのは確かだ。ただ今回発見された石板では“異端者”は穢れた世界を無に還す存在として嫌忌されている」
「世界を無に還す存在――……ですか」
「ああ、そうだ。様々な悪行によって腐敗した世を浄化させ、再生させるのが、“異端者”の真の役目。捉えようによってはそれは“救世主”のようにも聞こえるが、“異端者”は穢れた世を無に還すために全てを破壊し尽くす存在だと――……石板にはそのように記されていたそうだ」
「では現在世界各地から報告が上がっている異常事態の要因は“異端者”にある、ということでしょうか」
「さあな。何せ千年に一度しか起きない事象らしいから詳しいことは私にも分からない。だが少なくとも月に異変が起きているということに限っては揺るぎようのない事実だ」
苦々しく溢して吐息を一つ落とすと、ルードリッヒは視線の先を窓の外へと向け、中天に浮かぶ禍々しい色を湛えた月を再び見据えた。
月を隠していた薄雲が風に流され、その切れ間から差し込んだ月明かりが、中天を見据えるルードリッヒの顔をほんのりと照らす。
深い皺が刻まれた目元に濃い疲労の色を落とすルードリッヒの横顔を見やりながら、つい今しがた得たばかりの情報を整理しようとしたアレクシオだったが、知り得たその内容は、あまりにも現実味に欠けていて、すぐには受け入れられそうにもない。
これまでも幾度となく無理難題を押し付けられ、そのたびに振り回されてきたから、多少のことでは動じないアレクシオだが、さすがに今回の件は事が重大すぎて、最早、アレクシオ一人で、どうこうできるレベルではない。
それこそ各分野の有識者を集め、早急に議会を開き、話し合うべき事案であろう。
だがそういった対策に講じる以前、こうして個人的に呼び立てたのには、何らかの理由があったからであろうことは安易に予想できるのだが、さすがにその目的までは量り知れない。
ただこれまでの経験から考えてみても、これから展開されるであろう話が、ろくでもないものであることは確かだろう。
(……何だかまた頭が痛くなってきたぞ)
先のことを思いやり、ずきりと痛みを訴えた額に手を押し当て、はあ、と溜め息を漏らして直後、アレクシオの憂いはものの見事に現実のものへと変わることとなった。