紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

誰か状況を説明してください!②

 お……おおおおお、落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 すうはあ、すうはあ、と呼吸を繰り返しながら、自分が置かれている状況を把握しようとするものの、動揺が激しすぎて頭が回らない。

(いやだからここどこ!?)

 一周回って戻ってきた答えのないその問いに、ぐぬぬぬぬ、と唸りつつ、私は簡素な造りのベッドの向こうに立つ二人を、もう一度、マジマジと見つめた。

 漆黒の王子はともかくとして、銀色のワンコくんに至っては、瞳の色も、髪の色も、日本人のそれとは明らかに違う。
 言葉が通じるところから、二人とも日本語が流暢な外国人のようだ。
 けれど室内にある家具同様、二人が着ている服はどことなく古めかしく、どう贔屓目に見ても、普通の人は着なさそうな服装をしている。
 家具にしろ、服装にしろ、中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジー映画を髣髴(ほうふつ)とさせるようなそれらに、まるで映画の撮影現場にでも迷い込んだような気分に陥ってしまう。

「え……えーっと、お二人はどうしてそのような格好をしているのでしょうか? どこかの劇団員さん? それともアニメかゲームのコスプレ?」

 何となしにそんな質問を投げかけたものの、そもそも、つい先ほどまで自分がいたのは、高校へと向かう桜並木だったはずだ。
 それがどういうわけだか、次に目が覚めた時には、映画の撮影現場らしき場所にいて、しかも役者と思しき外国人イケメンに、ベッドから投げ出されるなんて、どう考えたってありえない。
 それにさっきまで一緒にいたはずの花菜ちゃんの姿が、どこにも見当たらない、っていうのも変な話だ。

 ――――……とするならば。

「ゆ……誘拐? もしくは拉致監禁?」

 ぼそり、と声に出して直後、私はぶるるるっ、と全身を震わせた。

 な……ない、ないっ! そんなの絶対にありえない!
 そもそも身代金を要求されるほどの大金持ちでもなければ、海外に売り飛ばすほど飛び切りの美人ってわけでもない。
 どう考えたって自分には誘拐される要素が一つもないのだ。

 となれば、残る可能性はあと一つ。

「拉致監禁っ!?」

 まさかと思うものの、拉致された、と結論づければ、この奇妙な状況にも、何となく説明がつく。
 さらに拉致監禁であれば、ごくごく普通の一般家庭で育った自分でも、巻き込まれる要素はいくつか思い浮かぶのだ。

(で……でも、)

 全身から血の気が引いてゆくのを感じながら、二人の青年を、ちらり、と盗み見る。
 漆黒の王子にしろ、銀色のワンコくんにしろ、服装が少し変ってる、ってだけで、そんなに極悪非道そうには見えない。
 けれど犯人が捕まった後、近所に住む人がテレビの取材に対して“事件を起こすような人物には見えなかった”って答えるのはよくある話。
 二人の目的が何なのかよくわからないけれど、自分の身の上に危険が迫っている、という事だけは間違いなさそうだ。

(と……とにかくここから逃げなきゃ……)

 今にも飛び出しそうなくらい、ばくばくする心臓を押えながら、どこか逃げ道はないか、と辺りに視線を巡らせて数秒後、自分の真後ろにある窓が開いていることに気がついた。

 あまりにも無防備に開け放たれた窓に一瞬呆気に取られてしまったけれど、今いる場所がマンションとかビルの高層階であれば、窓が開いていても、何ら不自然ではない。
 仮に高層階に監禁されているのであれば、窓から逃げ出すのは難しいだろう。
 それでも助けを呼ぶくらいならできるはずだ。
 もちろん、大声を出せば、彼らだって黙ってはいないだろう。
 ぱっと見た感じでは、ナイフとか、拳銃とか、そういう危険な物は持ってなさそうだけど、隠し持っている可能性は極めて高い。
 背負うリスクの大きさを考えれば、躊躇(ためら)う気持ちの方が強いけれど、何の抵抗も試みないまま、最悪の結末を迎えるよりはマシだ。

(と……とにかく行動あるのみ!)

 ごくり、と生唾を呑み込みつつ、意を決すると、私は開け放たれた窓から身を乗り出した。

「――……って何をする気だ!? 馬鹿な真似はよせ!」

 私の行動にいち早く気づいた漆黒の王子が、身を翻してベッドを飛び越え、傍まで来たかと思えば、窓枠にしがみつく私の身体を両腕でがっちりと掴むと、窓の傍から引っ剥がそうとする。
 見た目はすらっとしていて、そこまで筋骨隆々としているわけでもないのに、その力たるや恐ろしいまでの怪力だ。
 けれど私だって命懸けの行動に出ているんだもの。これしきの事で引き下がってなんかいられない。

「こら、おとなしくしろ! 暴れるな!」
「――……って、やだっ! 離してっ! だ……誰か助け――……っ、」

 ものすごい力でぐいぐいと身体を引っ張る漆黒の王子の魔の手から逃れようと、じたばたともがきつつ、助けを求めようとして、眼下に広がる景色が視界に映った。

 石造りの建物が軒を連ねる街道を四輪馬車がからからと音を立てて、緩やかなスピードで通り過ぎてゆく。
 走り去ってゆく馬車を目で追いかけていたら、小高い丘の上にゴシック調の大きなお城が建っているのが見えた。
 お城―――と言っても、天守閣に金の(しゃちほこ)が跨っている日本独特のものではない。
 私が視界に捉えたのはヨーロッパ地方でよく見るような西洋風の白亜の城だ。
 撮影用のセット――……にしてはそれはあまりにリアルで、あまりにもスケールがデカ過ぎる。

「――……ってなんで? なんでお城があんの?」

 ありえない光景を目にして、へなり、とベッドの上に座り込む。
 誘拐だの、監禁だの、あれこれ仮説を立てていたけれど、目にするもの全てがあまりにも非現実的過ぎて、もう夢を見ているとしか思えない。

「ああ、そうか。これは夢なんだ」

 誰に言うでもなく、ぼそり、と呟く。

「いやだなあ、なんでそんな単純な事に気づかなかったんだろう。そうと決まったら、これよね、これ」

 ぶつくさと独り言ちながら、親指と人差し指で頬を(つま)むと、私は思いっきり頬を(つね)り上げた。

「い……いったああああああーーーいっ!」

 夢だろうと思って、力加減もしないで、皮膚に爪が減り込むほどの力で抓ったものだから、そのあまりもの痛さに大声をあげてしまう。
 予想に反して痛む頬を片手で押さえながら、自分の置かれている状況が、ますます理解できなくて、私は救いを求めるように、先ほどから奇妙な眼差しで、こちらを見ている二人の青年に、ちろっ、と視線を向けた。

「あ……あのう、一つお尋ねしたいのですが……ここってどこでしょうか?」

 一周して戻ってきても尚、答えを得ることができなかったその問いを、思い切って聞いてみる。

「……どこって、なあ?」
「……ああ、」

 私のただならぬ様子にお互い顔を見合わせながら、二人は気まずそうな表情を浮かべて言葉を濁す。

 な……なに? この漂うものすごく嫌な空気は。

 頭を過ぎる嫌な予感に全身から血の気が引いてゆく。
 息を呑んで次の言葉を待つ私をちらり、と見遣り、やがて二人は諦めたように、同時に溜め息を吐いた。

「ここはエスヴァン大陸のアリルア国…………だ」

 ぴったりと呼吸を合わせ、声をハモらせた二人の口から溢れたのは、聞き慣れない単語。

(……ってそれってどこなのおおぉおおお!?)

 新たに浮上したその問いかけを投げかける間もなく、私の視界は一気にブラックアウトした。

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