紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
どうやら異世界トリップしてしまったようです①
そこは見慣れた学校の医務室で、私は貧血かなにかで倒れて運ばれていて、心配そうな顔をした花菜ちゃんが顔を覗き込んで、いつも夜更かしばかりしてるからよ! って怒るんだろうなあ。
目を覚ましたら、きっとそんないつもと変わらない日常が待っている。そう、信じてた。
***
自分の中にふぅっと意識が戻ってくるのを感じて、ゆっくりと瞼を開いた私の視界に、心配そうに覗き込む銀色のワンコくんの姿が映った。
「……大丈夫?」
いまだ夢の中を彷徨っているような、ふわふわとした感覚に揺らいでいたら、銀色のワンコくんが不安げな表情で、そんなことを聞く。
「うん……大丈、夫」
本当は全然大丈夫なんかじゃなかったけれど、銀色のワンコくんがあまりにも心配そうにするものだから、嘘を吐いて、こくり、と頷くなり、夜空に瞬く星のきらめきを閉じ込めたみたいな銀の瞳と視線が合った。
銀色に瞬くその瞳はもちろんのこと、肩のラインで切り揃えられた髪は、まるで空を映したみたいな水色をしていて、何度見ても、それは日本人が持つ本来のものからは、大きくかけ離れている。
近頃では日本人もずいぶんと個性的になり、かなり奇抜なファッションをしている人も少なくないけれど、瞳にしろ、髪にしろ、纏っているその衣装―――そう、“服”というよりは“衣装”という単語の方がしっくりするそれにしろ、どう贔屓目に見ても、違和感を感じずにはいられない。
(カラーコンタクト……とかじゃない、よね?)
銀色のワンコくんの顔を、じいっと見つめて、しばしの間、観察していた私はのろのろと腕を伸ばすと、銀色のワンコくんの柔らかそうな頬を両手で摘み、力任せに彼の頬を、びろーんと横に伸ばしてみた。
「……っていきなり何するんだっ!?」
銀色のワンコくんは私の手を振り払うと、抓られた頬を両手で押さえながら、ぎょっ、と目を見開いて驚く。
「……痛がってるって事はこっちが現実、なんだ」
「えーっとできればそういう確認は自分の頬でやってくれないかな?」
ひくり、と引き攣った笑みを浮かべながら、銀色のワンコくんがやんわりと窘める。
そりゃあそうだよねー、と銀色のワンコくんの主張は尤もだ、と頷きつつ、ようやく起動し始めた思考の中で、気を失う直前、聞き慣れない単語を耳にしたことを思い出し、私は自分が置かれている状況を把握すべく、恐る恐る口を開いた。
「あ……あのう、何度も聞いて申し訳ないのですが、ここってどこなんでしょうか?」
銀色のワンコくんを、そうろり、と見上げつつ、もう一度同じ質問をぶつけてみれば、彼はその愛らしい顔に神妙な面持ちを浮かべた。
「ああ、うん。ここはエスヴァン大陸にあるアリルア、って国だけど――……もしかして知らないの?」
首を傾げながら答えた銀色のワンコくんの唇から紡がれた単語は聞き慣れないどころか、今まで一度だって聞いたことのない地名ばかり。
自分が知りうる限りの知識では、地球に存在する大陸は、全部で六つだったはずだ。
ユーラシア大陸にアフリカ大陸。北アメリカ大陸に南アメリカ大陸。それからオーストラリア大陸に南極大陸。
地理の授業で習った大陸名を指を折りつつ確認したものの、その六つ以外の大陸名に心当たりはない。
気を失っている間にもう一つ大陸が増えたのだろうか、と考えて、いやいやいやさすがにそれはないだろう、と頭を過ぎったバカな考えを即座に打ち消しつつ、だったらここは一体どこなんだ! と頭を悩ませていた私は三日ほど前に読んだ小説のことをふと思い出して、ざざっ、と青褪めた。
雨が降りしきる梅雨のとある昼下がり。
階段から足を踏み外した女子大生が、気がついたら、見慣れない森の中にいて、山賊だか、盗賊だかに襲われる―――というエピソードから始まるその物語はWEBで公開されていたもので、異世界にトリップするという設定の話だったが、よくよく考えてみれば、地球上に存在する大陸を再確認しているあたり、今の自分もほぼその物語と同じような展開ではないか。
物語の冒頭から暴漢に襲われ、危機的状況に陥った主人公の女子大生は、間一髪のところで白馬に跨った王子様に助けられ、その後も何かと災難に巻き込まれていたが、立ちはだかる様々な困難に紆余曲折しながらも、王子様と心を通わせ、力を合わせて、一緒に乗り越え、最終的には白馬の王子様と結婚していたような気が―――……って、いやいやいや、今はそんなことはどうでもいいわけで!
っていうか、もしかして、いや、もしかしなくても、私も、もれなく、その異世界とやらにトリップしちゃったってことーーーーっ!?
そんなバカな展開なんてあるもんか、と思いたいものの、大陸の名前を確認しているあたりで、もう十二分にその可能性はあるわけで。
「あ……あのう、つかぬ事をお伺いしますが、この世界に“ニホン”っていう国はありますか?」
まさかの異世界召喚フラグが確立しつつある状況に、涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えつつ、僅かな希望を託して銀色のワンコくんに問いかけてみたものの。
「う~ん、ニホン―――……っていう国名は聞いたことがないなあ。それってどこにあるの?」
銀色の瞳をぱちくりと瞬かせながら、この手の話ではお約束とも言うべきセリフを何の躊躇いもなく、さらり、と口にされてしまい、私はがっくしと項垂れた。
“ドッキリ大成功!”
と書かれたプラカードを掲げて、番組製作スタッフがどこからか登場するんじゃなかろうか、と密かに期待したものの、そんな展開があるはずもなく、無情にも確定してしまった異世界召喚フラグに、自分のいるところは日本じゃないんだ、って改めて思い知らされ、そうしたら涙腺が一気に決壊して、すぐそばに銀色のワンコくんがいるのにも構わず、私はぼろぼろと涙を溢していた。
「わ、わ、わ、わ、わ――……って、ちょ、ちょっと待った! え!? 君が泣き出した原因って、もしかして俺?」
「ち……違います。貴方のせいではなくて……ふぇ……っ、……ひっく、っ、」
一度堰を切ったらもう止められなくて、どっと涙が溢れ出してしまう。
銀色の瞳をこれ以上ないくらい大きく見開いて、おろおろと慌てふためく銀色のワンコくんに、事情を説明しようと口を開いたものの、嗚咽ばかりが溢れて、会話すらまともにできない。
「こ……困ったな。えーと、えーと……」
子供みたいに泣きじゃくる私の対処に困り果てて、頭を抱え込んで唸り声を上げていた銀色のワンコくんは、窓際にあった椅子をベッドの脇まで運んでくると、背もたれを前にして跨ぐように腰を下ろす。
そうしてから、にこり、と、人懐っこい笑みを浮かべた。
「まだ君の名前を聞いてなかったよね? ……と、その前に俺はレナード・アシュリー。歳は二十。この街の教会で神の教えを伝える仕事――……えーっと、つまり“神官”をやっているんだ。それからもう一人いただろ? こーんな風に目が吊り上がっていて、見るからに意地悪そうな顔をしたやつが」
何を言い出すのかと思えば、いきなり自己紹介をし始める銀色のワンコくん。
ずるずると鼻を啜りながら耳を傾けていたら、銀色のワンコくん――……改め、レナードが両目の端を指で吊り上げて、ここにはいない漆黒の王子の顔真似をする。
似てる似てないは別にして、顔真似をするレナードが何だか可笑しくて、私は、ぶはっ、と吹き出してしまった。
「あ、笑った! ずっと泣いてるからどうしようってちょっと焦ったけど……うん。女の子はやっぱり笑顔が一番いいよ」
現実的には絶対に言われることなどないだろうセリフを、さらりと告げられ、その甘やかさに背中がむず痒くなってしまう。
けれどもそんな乙女ゲームではありきな甘すぎるセリフを言われたことよりも、嬉しそうに顔を綻ばせるレナードの純真無垢な笑顔に、私は目を奪われてしまった。
(うわああああ! その笑顔は反則だって!)
これぞ正しく天使のような微笑み! をいとも容易くやってのけたレナードに感服しつつ、滅多と拝めないであろう、その貴重な微笑みを両の眼にしっかり焼きつけておこうと、穴が開くほど、じいっと凝視していたら、視線に気づいたらしいレナードと、がっつり目が合ってしまった。
「さっきから俺の顔をものすごい形相で見てるけど、何か変なものでもついてる?」
「い……いや、目と鼻と口と眉以外は何もついてないです! なので気になさらず先をどうぞ!」
天使顔負けのその笑顔に見蕩れていました! などとバカ正直に答えるわけにもいかず、舌を噛みつつ、苦し紛れ、先を促せば、レナードは不思議そうに首を傾げつつも、途中で大幅に脱線してしまった話を元に戻した。
目を覚ましたら、きっとそんないつもと変わらない日常が待っている。そう、信じてた。
***
自分の中にふぅっと意識が戻ってくるのを感じて、ゆっくりと瞼を開いた私の視界に、心配そうに覗き込む銀色のワンコくんの姿が映った。
「……大丈夫?」
いまだ夢の中を彷徨っているような、ふわふわとした感覚に揺らいでいたら、銀色のワンコくんが不安げな表情で、そんなことを聞く。
「うん……大丈、夫」
本当は全然大丈夫なんかじゃなかったけれど、銀色のワンコくんがあまりにも心配そうにするものだから、嘘を吐いて、こくり、と頷くなり、夜空に瞬く星のきらめきを閉じ込めたみたいな銀の瞳と視線が合った。
銀色に瞬くその瞳はもちろんのこと、肩のラインで切り揃えられた髪は、まるで空を映したみたいな水色をしていて、何度見ても、それは日本人が持つ本来のものからは、大きくかけ離れている。
近頃では日本人もずいぶんと個性的になり、かなり奇抜なファッションをしている人も少なくないけれど、瞳にしろ、髪にしろ、纏っているその衣装―――そう、“服”というよりは“衣装”という単語の方がしっくりするそれにしろ、どう贔屓目に見ても、違和感を感じずにはいられない。
(カラーコンタクト……とかじゃない、よね?)
銀色のワンコくんの顔を、じいっと見つめて、しばしの間、観察していた私はのろのろと腕を伸ばすと、銀色のワンコくんの柔らかそうな頬を両手で摘み、力任せに彼の頬を、びろーんと横に伸ばしてみた。
「……っていきなり何するんだっ!?」
銀色のワンコくんは私の手を振り払うと、抓られた頬を両手で押さえながら、ぎょっ、と目を見開いて驚く。
「……痛がってるって事はこっちが現実、なんだ」
「えーっとできればそういう確認は自分の頬でやってくれないかな?」
ひくり、と引き攣った笑みを浮かべながら、銀色のワンコくんがやんわりと窘める。
そりゃあそうだよねー、と銀色のワンコくんの主張は尤もだ、と頷きつつ、ようやく起動し始めた思考の中で、気を失う直前、聞き慣れない単語を耳にしたことを思い出し、私は自分が置かれている状況を把握すべく、恐る恐る口を開いた。
「あ……あのう、何度も聞いて申し訳ないのですが、ここってどこなんでしょうか?」
銀色のワンコくんを、そうろり、と見上げつつ、もう一度同じ質問をぶつけてみれば、彼はその愛らしい顔に神妙な面持ちを浮かべた。
「ああ、うん。ここはエスヴァン大陸にあるアリルア、って国だけど――……もしかして知らないの?」
首を傾げながら答えた銀色のワンコくんの唇から紡がれた単語は聞き慣れないどころか、今まで一度だって聞いたことのない地名ばかり。
自分が知りうる限りの知識では、地球に存在する大陸は、全部で六つだったはずだ。
ユーラシア大陸にアフリカ大陸。北アメリカ大陸に南アメリカ大陸。それからオーストラリア大陸に南極大陸。
地理の授業で習った大陸名を指を折りつつ確認したものの、その六つ以外の大陸名に心当たりはない。
気を失っている間にもう一つ大陸が増えたのだろうか、と考えて、いやいやいやさすがにそれはないだろう、と頭を過ぎったバカな考えを即座に打ち消しつつ、だったらここは一体どこなんだ! と頭を悩ませていた私は三日ほど前に読んだ小説のことをふと思い出して、ざざっ、と青褪めた。
雨が降りしきる梅雨のとある昼下がり。
階段から足を踏み外した女子大生が、気がついたら、見慣れない森の中にいて、山賊だか、盗賊だかに襲われる―――というエピソードから始まるその物語はWEBで公開されていたもので、異世界にトリップするという設定の話だったが、よくよく考えてみれば、地球上に存在する大陸を再確認しているあたり、今の自分もほぼその物語と同じような展開ではないか。
物語の冒頭から暴漢に襲われ、危機的状況に陥った主人公の女子大生は、間一髪のところで白馬に跨った王子様に助けられ、その後も何かと災難に巻き込まれていたが、立ちはだかる様々な困難に紆余曲折しながらも、王子様と心を通わせ、力を合わせて、一緒に乗り越え、最終的には白馬の王子様と結婚していたような気が―――……って、いやいやいや、今はそんなことはどうでもいいわけで!
っていうか、もしかして、いや、もしかしなくても、私も、もれなく、その異世界とやらにトリップしちゃったってことーーーーっ!?
そんなバカな展開なんてあるもんか、と思いたいものの、大陸の名前を確認しているあたりで、もう十二分にその可能性はあるわけで。
「あ……あのう、つかぬ事をお伺いしますが、この世界に“ニホン”っていう国はありますか?」
まさかの異世界召喚フラグが確立しつつある状況に、涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えつつ、僅かな希望を託して銀色のワンコくんに問いかけてみたものの。
「う~ん、ニホン―――……っていう国名は聞いたことがないなあ。それってどこにあるの?」
銀色の瞳をぱちくりと瞬かせながら、この手の話ではお約束とも言うべきセリフを何の躊躇いもなく、さらり、と口にされてしまい、私はがっくしと項垂れた。
“ドッキリ大成功!”
と書かれたプラカードを掲げて、番組製作スタッフがどこからか登場するんじゃなかろうか、と密かに期待したものの、そんな展開があるはずもなく、無情にも確定してしまった異世界召喚フラグに、自分のいるところは日本じゃないんだ、って改めて思い知らされ、そうしたら涙腺が一気に決壊して、すぐそばに銀色のワンコくんがいるのにも構わず、私はぼろぼろと涙を溢していた。
「わ、わ、わ、わ、わ――……って、ちょ、ちょっと待った! え!? 君が泣き出した原因って、もしかして俺?」
「ち……違います。貴方のせいではなくて……ふぇ……っ、……ひっく、っ、」
一度堰を切ったらもう止められなくて、どっと涙が溢れ出してしまう。
銀色の瞳をこれ以上ないくらい大きく見開いて、おろおろと慌てふためく銀色のワンコくんに、事情を説明しようと口を開いたものの、嗚咽ばかりが溢れて、会話すらまともにできない。
「こ……困ったな。えーと、えーと……」
子供みたいに泣きじゃくる私の対処に困り果てて、頭を抱え込んで唸り声を上げていた銀色のワンコくんは、窓際にあった椅子をベッドの脇まで運んでくると、背もたれを前にして跨ぐように腰を下ろす。
そうしてから、にこり、と、人懐っこい笑みを浮かべた。
「まだ君の名前を聞いてなかったよね? ……と、その前に俺はレナード・アシュリー。歳は二十。この街の教会で神の教えを伝える仕事――……えーっと、つまり“神官”をやっているんだ。それからもう一人いただろ? こーんな風に目が吊り上がっていて、見るからに意地悪そうな顔をしたやつが」
何を言い出すのかと思えば、いきなり自己紹介をし始める銀色のワンコくん。
ずるずると鼻を啜りながら耳を傾けていたら、銀色のワンコくん――……改め、レナードが両目の端を指で吊り上げて、ここにはいない漆黒の王子の顔真似をする。
似てる似てないは別にして、顔真似をするレナードが何だか可笑しくて、私は、ぶはっ、と吹き出してしまった。
「あ、笑った! ずっと泣いてるからどうしようってちょっと焦ったけど……うん。女の子はやっぱり笑顔が一番いいよ」
現実的には絶対に言われることなどないだろうセリフを、さらりと告げられ、その甘やかさに背中がむず痒くなってしまう。
けれどもそんな乙女ゲームではありきな甘すぎるセリフを言われたことよりも、嬉しそうに顔を綻ばせるレナードの純真無垢な笑顔に、私は目を奪われてしまった。
(うわああああ! その笑顔は反則だって!)
これぞ正しく天使のような微笑み! をいとも容易くやってのけたレナードに感服しつつ、滅多と拝めないであろう、その貴重な微笑みを両の眼にしっかり焼きつけておこうと、穴が開くほど、じいっと凝視していたら、視線に気づいたらしいレナードと、がっつり目が合ってしまった。
「さっきから俺の顔をものすごい形相で見てるけど、何か変なものでもついてる?」
「い……いや、目と鼻と口と眉以外は何もついてないです! なので気になさらず先をどうぞ!」
天使顔負けのその笑顔に見蕩れていました! などとバカ正直に答えるわけにもいかず、舌を噛みつつ、苦し紛れ、先を促せば、レナードは不思議そうに首を傾げつつも、途中で大幅に脱線してしまった話を元に戻した。