紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

どうやら異世界トリップしてしまったようです②

「どこまで話してたっけ。えーっと、そうだ! ほら、いかにも底意地が悪そうな顔をしたやつがいただろ? あいつがアレクシオ・クロウディア。歳は二十二。アレクは王立騎士団の第一騎士団師団長を務めていてさ。アレクくらいの年齢で師団長を任されるのって、すっごく珍しいんだ。それも逸材ばかりが集められた第一騎士団の師団長だからなあ。剣を持たせたら、右に出るやつがいないくらい強いんだ、あいつ。ついでに言うと、あの無愛想っぷりも、右に出るやついないんだけどね」

 最後の方は苦笑いを浮かべながら、漆黒の王子の素性を事なげなく暴露したけれど、漆黒の王子のことを語るレナードの口ぶりは、相手を(おとし)めるような感じではなく、どっちかというと尊敬と憧れの念に満ちていて、レナードがどれほど漆黒の王子のことを慕っているのかが、ひしひしと伝わってくる。
 年齢は少し離れているようだけれど、二人がとても良い友好関係であることは、よくわかった。
 分かったのだけれど。

(お……王立騎士団第一騎士団師団長???)

 思わず舌を噛んでしまいそうなくらい、長ったらしいその肩書きを頭の中で転がしていた私は、つい数時間前、漆黒の王子に枕をぶん投げたことを思い出して、ぶるるっ、と身震いした。

 王立騎士団第一騎士団師団長っていう肩書きが、この世界でどれくらいの権力を翳しているのか、よく分からないけれど、レナードの口ぶりから考えてみても、校長先生とまではいかないにしても、きっと副校長あるいは教頭先生くらいは偉い立場なのだろう。
 知らなかったとはいえ、教頭先生並みに偉い人に枕をぶん投げるなんて、下手したら無礼を叩いた罪だ! とかなんとか言われて、腐敗臭漂う薄暗い地下牢なんかにぶち込まれちゃって、それはそれはひどい罰を受けたりするんじゃないの!?
 妄想が妄想を呼び、いつだったか、映画で見た中世時代の残酷極まりない拷問の数々を思い出してしまい、ひいいいいっ、と慄く。

(や……やばい。ここから逃げ出した方がいいんじゃないの?)

 だらだらと冷たい汗が背中を伝い落ちてゆくのを感じながら、私はそこはかとなく、レナードに漆黒の王子のことを聞いてみた。

「あ……あのう、一つお尋ねしますが、漆黒の……いや違った。そのアレ……アレクシオ? さんは、今、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、アレクなら急な要件が入ったとかで寄宿舎に戻ったよ。でも君から色々聞きたいことがあるから、すぐ戻るって言ってたけど」
「うえっ!? 戻ってくるのっ!?」

 別に戻ってこなくてもいいのにー! と両手で頭を抱えてあわあわしていたら。

「……随分と楽しそうに話をしていたようだな」
「ひ……ひゃあああああっ!!」

 当の本人が現れるだなんて、思ってもいなかった私は口から心臓が飛び出そうなくらい、驚いてしまい、悲鳴を上げると、その場から飛び退いていた。
 部屋に入ろうとしかけて、漆黒の王子はその動きを止めると、形のいい眉を思いっきり顰める。
 あからさまに怪訝そうな表情をされたあげく、突き刺すような眼差しまで向けられてしまい、冷や汗たらたら、その場から一歩も動けず、正しく蛇に睨まれたカエル状態になってしまう。
 ぴきり、と固まったまま、動けないでいたら、漆黒の王子は、はあ、と溜め息を溢すと、レナードの首根っこをむんずと掴んだ。

「レナード。お前、あいつに何を吹き込んだ?」
「いや、俺はお前の輝かしい功績の数々を、彼女に語っていただけで、吹き込むだなんて、人聞きの悪いことはしてないけど?」
「……なるほどな。輝かしい功績を話した結果があれか」

 皮肉たっぷりに言って、漆黒の王子は掴んでいたレナードの首根っこから手を離すと、視線の先を私へと戻した。
 にこり、と愛想笑いの一つでもあればいいのに、ものすごく不機嫌そうな表情で見据えられ、私は、ごくり、と生唾を呑んで、おろおろと尻込みするばかり。

「…………おい」
「は……はははははいぃっっ!?」

 不意に声をかけられ、恐ろしさのあまり、上擦った声をあげれば、漆黒の王子は大きな溜め息を吐く。

「レナードに何を吹き込まれたのか知らないが、お前を獲って喰らうわけじゃない。いちいちビクつくのは止めろ」

 額にかかった長めの前髪を鬱陶(うっとう)しそうに、片手で掻き上げながら、漆黒の王子は止めろ、と言うけれど、眉間に皺を寄せていて、ものすごく不機嫌そうだし、口調だってレナードみたいに優しくないし、なによりこっちを見据える目が、とんでもなく恐ろしい。
 目鼻立ちが整った絶世の美形だったから、仮の呼び名を漆黒の王子にしたけれど、漆黒の魔王に改名してやりたいほどだ。
 
(こ……怖がるなって言うんだったら、も……もう少し愛想良くしてくれたっていいんじゃない?)

 と、心の中で思うも、それを口にする勇気もなく。

「は……はあ、」

 と、こわごわ返事をするのが精一杯。

「……それで名前は?」
「え?」
「だから、名前は何だと聞いているんだ。俺の言っている事が分からないのか?」

 端的な言い方に理解が追いつかず、聞き返してしまった私を見やり、漆黒の王子はあからさまに語尾を強める。地を這うような低音ボイスで凄まれ、あまりの恐ろしさに丸めていた背筋を、しゃきん! と、伸ばして、

「な……っ、なるせ、みお! ねんれいは、じゅうな……いえ、じゅうはっさいです!」

 幼稚園児よろしくなたどたどしい発音で、名前と年齢を申告するなり。

「お前、十八なのか!?」
「君、十八歳なの!?」

 漆黒の王子のみならず、銀色のワンコくんまでもが、とんでもないことを聞いたとばかり、大きく目を見開き、驚愕する。
 ぼろり、と落ちてしまうのではなかろうかと思うほど、藍色と銀色それぞれの両の目を大きく見開いて絶句する二人に、私は焦ってしまった。
 正確に言えば、まだ十七歳だが、でもあと一週間も経てば誕生日を迎えるし、まあいいかー、と思って、軽い気持ちで十八歳とサバを読んだのだけれど。

「これで十八とか嘘だろ」
「どう見ても、十四、五歳くらいにしか見えないよね」

 どうやら実年齢と見た目が雲泥の差もあることに驚きを隠せないらしい。
 いや確かにどっちかと言ったら、見た目も考え方も子供っぽいところはあるかもなあ、と自覚はしているし、未だに中学生に間違われたりすることもあるけどさあああ! でも異世界に来てまでも、こんな扱いを受けるなんて、ひどすぎるうぅううぅう!!
 と心の中で嘆いていたらば、真顔に戻った漆黒の王子が、つい、とこちらに一瞥を投げかけた。

「とにかく、お前のその格好は目立ちすぎる。リリア、入室を許可する」
「はい、失礼致します」

 今度は何を言われるのだろうか、と身構えていたら、漆黒の王子からの合図を待っていたかのように、コン、コン、とドアをノックする音とともに、鈴を転がしたような澄んだ声が響く。
 きいっ、と音を立てて開いたドアの向こうに立っていたのは、ゴスロリチックな黒地のワンピースに身を包み、その上から真っ白いエプロンを着用したメイドさんだった。
 
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