紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

メイドさんとドレスと私①

 知的さを漂わせる細いフレームの眼鏡。
 その奥で瞬くのはくっきり二重のぱっちりとした大きくて円らなアイスブルーの瞳。
 瞬きをするたびに揺れる睫毛はとても長く、綺麗に整えられた眉は髪の色と同じ赤毛。
 ぷにぷにとした柔らかそうな頬は、桃色の絵の具を水で薄めたような淡い色に染まり、ぷっくらと膨らんだ艶やかな唇は可憐な薔薇色で、丁寧に編み込まれた長いお下げ髪は、さくらんぼみたいな綺麗な赤だ。

 (くるぶし)まで隠れるくらい裾が長い黒地のワンピースを身に纏い、その上からフリルがふんだんにあしらわれた真っ白いエプロンを着用し、これまたエプロンと同様、フリルをたっぷりと使った白のヘッドドレスを着けたその姿は、これぞ思い描いていたメイドさん! という正しく王道の格好だ。

(す……すごい。生メイドさんなんて初めて見た!)

 アキバ系と呼ばれる人たちが集まる繁華街などを特集した番組で、ねこ耳カチューシャを着けたメイドさんが、

『お帰りなさいませー、ご主人さま。にゃん♡にゃん♡』

 とお出迎えしているのをテレビの画面越しに見たことはあるが、実物を見るのはもちろん今回が初めてだ。
 あまりにもの物珍しさから、ごくり、と生唾を呑み込みつつ、目の前に立つメイドさんを、じいいいっ、と凝視していたら、私の視線に気づいたらしい彼女はアイスブルーの涼やかな瞳をやんわりと細め、口元をほんのりと和らげると、にこやかな笑みを浮かべた。

「初めまして、ミオさま。王宮付け侍女のリリア・ブランシェと申します。以後、お見知りおきのほど、よろしくお願い致しますわ」
「は……はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 ワンピースの裾を指先で摘まみ、リリアと名乗ったメイドさんは、折り目正しく腰を折って、優美に礼を取る。
 王宮に仕える侍女らしく、流麗な所作で頭を下げたリリアに感動しつつ、彼女を見倣って、ぺこり、と頭を下げるなり、彼女は、まああああ! と慌てたように声を上げた。

「いけませんわ、ミオさま! わたくしのように下賤の者に頭を下げるなど、お止めください!」

 挨拶をされたら挨拶し返しましょう。
 物心がつき始めた頃から幾度となく教わってきたごくごく当たり前のことを実践しただけなのに、ものすごい剣幕で詰め寄ってきたリリアに強い口調で咎められてしまった。
 ええー、なんでダメなのー!? とぱちくりと目を瞬かせて驚いていたら、困惑する私になぞ目もくれず、リリアは袖を捲り上げると、部屋のど真ん中に、どーんと鎮座する衣装箱と思しき、バカデカい箱のふたをうんせと持ち上げた。
 きいっ、と蝶番を軋ませて開いた箱の中から出てきたのは、中世ヨーロッパを舞台にした映画なんかで見るような服が、数えきれないほどたっくさん!

「さてと……どれがお似合いかしら」

 よくぞこれだけ詰め込んだな、と感心するほど、大量の衣服が入った箱の中を引っくり返し、足元に好き勝手に散らばっているそれらを真剣な表情で見下ろしながら、しばしの間、熟考していた彼女は、そうですわね、と呟くと、衣服の山の中から抜き取ったそれを、ぴろり、と目の前に掲げて見せる。
 彼女が手に取ったのは見るからに高価そうな宝石や装飾品が鏤められた柔らかい色合いの布で仕立てられたドレス。
 いったいどこのご令嬢が着るのであろうか、と問いたくなるほどの煌びやかなそのドレスに、くらり、と眩暈を覚えつつ、私は閉ざされたドアの向こう側にいるであろう漆黒の王子を思いっきり睨みつけた。

 着ている服が目立ちすぎるから着替えろ、と言い残して、漆黒の王子とレナードが部屋から出ていったのは、今から十分ほど前の話。

 目立つと言われたものの、自分が着ているのは、学校指定のブレザーの制服。
 校章ワッペンが縫い付けられた濃紺のジャケットに、丈が少し短めのチェック柄のプリーツスカート。少し寒いからと思ってカッターシャツの上からベージュ色のベストを着ているが、こんなの日本のみならず、外国でもそれほど珍しいものではないだろう。
 ……と思ったのだが、漆黒の王子が指摘した通り、地球ではごくごくスタンダードな学生制服は、けれども、この世界ではとても珍しいものらしい。

「それにしても不思議なお召し物でいらっしゃいますわね。ミオさまがお育ちになられた国では、そのような衣装が普通なのですか? そもそも女性ともあろう者が、このように足を曝け出して歩くなんて考えられませんわ」
「は……はあ、そうですか? いやまあ、丈は少し短いかなあ、とは思いますが、日本にいる女子中高生は、だいたいこれくらいの長さが標準ですよ」

 衣服の山の中から選び抜いたドレスを握り締めたまま、頭の天辺から足のつま先までを一頻り眺めやり、チェック柄のプリーツスカートの裾へと、視線の先を留めると、リリアは少し怒ったように眉を顰める。
 どうやらスカート丈が短いことが気に喰わないようだ。
 確かにまあ日本でも女性が肌を曝け出すなんて言語道断だと叫ばれていた時代もあったように思うけれど、それはもうずいぶんと昔の話で、今どき、そんな古臭いことを言ってる人なんて、ほとんどいないだろう。
 それに学校指定のニーハイソックスを履いているから、実質、肌はほとんど露出していないのだ。

(うーん、これでも長い方なんだけどなあ)

 なんだか風紀委員の先生に取っ捕まって、指導を受けているような気分になりつつ、膝すれすれの長さのスカートの裾を摘んで、これが標準なんですー! と訴えかけるなり、リリアがアイスブルーの瞳を、きょとんと瞬かせた。

「ニ……ニホン? ジョシ、チューコウ、セイ??? いったい、なんですの? それは」
「え……えーっと、日本っていうのは……」
「……はっ、そうでしたわ。師団長様から余計な詮索はするなって、あれほど言われていましたのに、わたくしったらいけませんわね。ともかく、これは師団長様のご命令ですので、お召しになられているお洋服は全てお脱ぎになられて、こちらのドレスにお着替えくださいね」

 異世界に飛ばされる系の物語では、たいてい標準装備されている『自動翻訳』機能が、この世界でも適用されているようだが、どうやら一部の単語は翻訳されないらしい。
 私が何気に口にした単語も翻訳されなかったらしく、リリアが小さく首を傾げながら、それらの単語をたどたどしい口調で反芻したことに気づき、説明しようとして、それよりも一瞬早く、私の声を遮ると、リリアは本来やるべきことを思い出したかのように、握り締めていたドレスを、ずいっ、と、私の前に突き出した。

「え、あ、や……そ、その……」

 漆黒の王子からどういう指示を受けたのか知らないが、私から言わせれば、リリアが着ろと差し出したドレスの方が、今、着ている制服なんかよりも、数倍、いやそれ以上に目立つものだ。
 自分の置かれている立場が、国王陛下だとか、王位継承権を持った王子だとかに、結婚を迫られてるというのであれば、煌びやかなドレスで着飾る必要もあるかもしれないが、今のところ、そういった展開など微塵もない。
 そもそも異世界とやらにきてから、自分が関わったのは、銀色のワンコくんと漆黒の王子、それからリリアの三人だけだ。
 ……とそこまで考えて、私は漆黒の王子が『王立騎士団第一騎士団師団長』という長ったらしい肩書きを持っていたことを思い出し、ぎょっとした。

(ま……まさかとは思うけど、私が召喚されたのって、漆黒の王子が花嫁候補を異世界から召喚したからとか!?)

 異世界召喚と呼ばれるジャンルの中でも、主に恋愛に特化した小説やゲームなんかでは、国王陛下や王子様殿下に溺愛されるという設定の物語が根強い人気を誇っているが、最近では騎士団長や宮廷魔導士が恋愛対象になるものも少なくはない。
 そういう点で考えれば漆黒の王子は元より、銀色のワンコくんも、異世界から花嫁候補を呼び出したという可能性もなくはないが。

(い……いやいやいや! 銀色のワンコくんはともかくとして、あの超絶に不機嫌且つ不愛想な漆黒の王子に限って、それは絶対にない!!)

 頭を左右にぶんぶんと振り回して、急浮上してきた『異世界召喚the花嫁候補探し』パターンを即座に打ち消したものの、自分が何の目的で異世界とやらにぶっ飛ばされたのか、その理由が判明しない限り、絶対にそれはないとも言い切れない。

(と……とにかく、自分がどうして異世界にぶっ飛ばされたのか、その原因を究明しないと、だよねえ……)

 どんなに泣こうが、喚こうが、暴れようが、異世界にぶっ飛ばされたというのは、紛れもない事実。
 どうしたって変えようのない現状を改めて思い知らされ、はあ、と重苦しい溜め息を吐きつつ、目の前に差し出された淡いピンク色のドレスを、ちらり、と見やる。

 柔らかそうな布地を幾重にも折り重ねて作り上げられたドレスはとても華やかで、波打つドレープの合間には色とりどりの小さな石や装飾品が鏤められ、フリルやらレースやらリボンやら細やかな刺繍で可愛く飾られている。
 正しくそれは女の子なら誰しもが一度は着てみたいと憧れたことがあるであろう、童話の世界のお姫様が着るようなドレスだが、実際にそれを着ろ、と言われると、ドレスの方が目立ちすぎていて、どうにも自分には不釣り合いに思えて仕方がない。
 それにそんな着飾ったドレスを着ていたら、汚したらどうしようとそればかりが気になってしまって、ご飯すらまともに食べられなさそうだ。
 さてどうしたものか、と頭を悩ませていた私は床に散らばる衣服の中に、比較的質素な作りのワンピースが転がっているのを見つけ、それを素早く引っ掴むと、ドレスを握り締めたまま、仁王立ちしているリリアに、にこり、と微笑みかけた。

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