紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
メイドさんとドレスと私②
「あ……あの、その、私、ドレスとか一度も着たことなくて慣れていないし、こっちの服の方が動きやすそうで、すごく気に入ったわ。この服じゃだめかしら?」
「そのような地味な服を、ですか?」
ドレスを選んでくれたリリアの親切心を踏み躙らないよう、慎重に言葉を選びつつ、それなりに納得してもらえそうな理由をつけて言い募れば、リリアは小さく首を傾げながら、そんなことを言う。
「ぜ……全っ然、地味なんかじゃないわ! そりゃあ、まあ、リリアが選んでくれたドレスと比べれば、ずいぶんと見劣りはするけれど、このワンピースだって、すごく素敵よ!」
「ミオさまがそこまで仰るのでしたら構いませんが、本当にそのような服でよろしいのですか?」
「ええ、もちろんよ!」
とにかくお姫様ドレスの着用だけは何としても回避せねば! と息巻きつつ、もうひと踏ん張りとばかり、さらに一歩踏み込んで畳み掛ければ、渋々といった体で、リリアが了承の意を示す。
よっしゃー! と心の中でガッツポーズを繰り出しつつ、リリアの気が変わらないうちに、とっとと着替えてしまおうと思ったものの。
「あのう、着替えたいのですが……」
「ええ、どうぞ。お着替えになられて下さいませ」
「い、いや、その、着替えているところを人に見られるのは、ちょっと恥ずかしいのですが……」
「変わったことを仰られるのですね。師団長様からミオさまのお着替えを手伝うようにと言われておりますので、この場から離れることはできませんわ」
「え、でも一人で着替えられ――……」
「ミオさま。これは師団長様の命令なのです。逆らうことなんて絶対に許されないことなのですよ」
言いかけた私の声を遮って、少し強めの口調できっぱりと言い切ったリリアのその言葉に、私は、うっ、と息を呑んだ。
『王立騎士団第一騎士団師団長』という長ったらしい肩書きは、ただのお飾りではないらしい。
リリアの口ぶりから察するに、漆黒の王子はこの国に於いて、それなりの権力を持っているようだ。
(……聞きたいことがあるとかなんとか言ってたけど、なにを聞かれるんだろう)
数時間前、枕をぶん投げた記憶が、ふたたび脳裏を過り、ぶるるるっ、と身を震わせつつ、いそいそと制服を脱ぎにかかったものの、こんな風にぴたりと傍に寄り添われて、着替えるさまを、じっと見つめられるのは、やっぱりものすごく恥ずかしい。
なぜこのような羞恥プレイを強要されなければいけないんだ! と憤ったところで、命令遵守至上主義のリリアが、すんなりとそれを聞き入れてくれるとも思えず。
「ミオさま、お手伝い致しますわ」
何度目になるか分からない溜め息を吐きつつ、ラベンダー色のワンピースの後ろ釦を外して、頭から、ずぼり、と被りながら袖に腕を通していたら、制服を折り畳んでいたリリアが、その手を止めて、すぐさま後ろ釦を留めてくれる。
一人でもできるんだけどなあ、と思いつつも、身の回りの世話をするのが、彼女の仕事だというのなら、何かと口出しするのも悪いような気がして、黙ってリリアのやりたいように身を任せていたら、彼女は、つい、と目の前に編み上げブーツを差し出してきた。
「靴はこちらをお履き下さいませ。サイズは合うかと思うのですが」
「あ、はい。ありがとうございます」
色褪せたキャラメルみたいな色のブーツを受け取り、ベッドの縁に腰を下ろして、片足を突っ込む。
踵が少し高いけれど、幅はそれなりに太く、歩きにくさはそれほど感じない。
むしろ、踝が隠れるくらい、裾の長いワンピースを着て歩くには、ちょうどいい高さだし、サイズもぴったりだ。
もう片方のブーツも履いて、立ち上がろうとして、その動きを制すると、リリアはエプロンのポケットから櫛を取り出した。
着替えならもう終わっただろう、と首を傾げていたら、自由気ままに跳ねている髪をさらさらと梳いてから、慣れた手つきで髪を丁寧に編みこんでゆき、それを一つに束ねて結い上げると、小花をモチーフにした髪留めで、ぱちり、と留める。
そうしてからリリアは私の手を引いて日当たりのいい窓辺へと連れてゆくと、壁に立てかけていた全身を映し出す鏡の前へと立たせた。
「とてもよくお似合いですわ。どこかのご令嬢みたいですわよ、ミオさま」
鏡に映りこむ私の姿を見て、リリアは満足気に頷く。
嬉々としたリリアの声に釣られて鏡の中に映る自分を、ちら、と見遣って直後、私は、ぱちくりっ、と目を瞬かせてしまった。
(……って誰だ、これ)
レースやらフリルやら装飾品で、ごてごてに飾られたドレスを着るのだけは、どうにか回避したいと思って、衣装箱の中に入っていた服の中でも、比較的控えめなものを選んだつもりなのだが、それでも首から胸元にかけてのデコルテ部とラッパ状に広がった袖口、それから裾の一部に白布とレースを重ねたフリルがあしらわれたそれは、ワンピースというよりはドレスに近いものがあり、お姫さま、とまではいかないにしろ、リリアが言う通り、確かにどこかのご令嬢のようだ。
ほんの少し前、十八歳だと申告した際、漆黒の王子と銀色のワンコくんに、ものすごく驚かれてしまったが、これなら歳相応には見てくれそうだ。
女性は化粧で化ける、というのはよく聞く話だが、化粧などせずとも、着る服一つと髪型を少し変えるだけでも、ここまで化けられるのだなあ、と鏡に映りこむ自分をしげしげと眺めやりながら感心したものの、ここまで着飾るのは、やはり花嫁候補として呼び出されたからなのではなかろうか、と考えて、その直後。
「師団長様、お着替えの方は終わりましたわ」
「ああ、わかった。入るぞ」
ふたたび急浮上してきた『異世界召喚the花嫁候補探し』のフラグが、いよいよ濃厚になってきたことに、ざざっ、と蒼褪めていたら、不穏に揺れ動く私の心内なんて知る由もないリリアが、部屋のドアを開けて、外で待つ二人を室内へと招き入れる。
わー! ちょっと待ってー! 心の準備がまだできてないー! と焦る私に構わず、ずかずかと大股で部屋の中に先に入ってきたのは漆黒の王子だ。
いつものごとく、仮面を張り付けたような無表情で入ってきた漆黒の王子はけれど、肉食動物に狙われた小動物のように部屋の片隅で怯えている私と視線が合うなり、藍色のその瞳をぱちくりと瞬かせると、その場でフリーズしてしまった。
いやまあ当の本人でさえ、驚いたのだから、漆黒の王子の反応は間違ってないとは思うけれど、でもそこまであからさまに驚くのはちょっと失礼なんじゃないの!? と憤慨したのだが、漆黒の王子の後ろから入ってきた銀色のワンコくんも同様に驚いていたので、認めたくはないが、これが大衆の反応として概ね正しいのだろう。
「わあ、驚いたあ! でもすごく見違えたね。とても似合っているよ。アレクもそう思うだろ?」
「あ……ああ、まあ、そうだな」
二人の反応にしょんぼりと肩を落としていたら、銀色のワンコくんが瞳をきらきらと瞬かせて、そんなことを言う。
銀色のワンコくんに同意を求められ、ぎこちないながらも漆黒の王子が頷く――……と何気なしにふたたび視線がかち合った、と思った次の瞬間、ふいっ、と王子が視線を逸らした。
え!? なに今の反応は!?
これまで超絶に不機嫌かつ不愛想だった漆黒の王子が目を逸らすなんてありえない! とびっくりして、着替えを待っている間になにか変なものでも食ったのか? と、ほんのちょっぴり心配した私だったが。
「とにかく彼女から色々と聞きたいことがある。ここからは騎士団の管轄だ。悪いが二人とも席を外してくれ」
一瞬見せたあの反応はどこへ行ったのやら。
ふたたび無表情の仮面を張り付けた漆黒の王子が言い放ったその言葉に、私はうええええええええっ!? と音にならない悲鳴を上げた。
「そのような地味な服を、ですか?」
ドレスを選んでくれたリリアの親切心を踏み躙らないよう、慎重に言葉を選びつつ、それなりに納得してもらえそうな理由をつけて言い募れば、リリアは小さく首を傾げながら、そんなことを言う。
「ぜ……全っ然、地味なんかじゃないわ! そりゃあ、まあ、リリアが選んでくれたドレスと比べれば、ずいぶんと見劣りはするけれど、このワンピースだって、すごく素敵よ!」
「ミオさまがそこまで仰るのでしたら構いませんが、本当にそのような服でよろしいのですか?」
「ええ、もちろんよ!」
とにかくお姫様ドレスの着用だけは何としても回避せねば! と息巻きつつ、もうひと踏ん張りとばかり、さらに一歩踏み込んで畳み掛ければ、渋々といった体で、リリアが了承の意を示す。
よっしゃー! と心の中でガッツポーズを繰り出しつつ、リリアの気が変わらないうちに、とっとと着替えてしまおうと思ったものの。
「あのう、着替えたいのですが……」
「ええ、どうぞ。お着替えになられて下さいませ」
「い、いや、その、着替えているところを人に見られるのは、ちょっと恥ずかしいのですが……」
「変わったことを仰られるのですね。師団長様からミオさまのお着替えを手伝うようにと言われておりますので、この場から離れることはできませんわ」
「え、でも一人で着替えられ――……」
「ミオさま。これは師団長様の命令なのです。逆らうことなんて絶対に許されないことなのですよ」
言いかけた私の声を遮って、少し強めの口調できっぱりと言い切ったリリアのその言葉に、私は、うっ、と息を呑んだ。
『王立騎士団第一騎士団師団長』という長ったらしい肩書きは、ただのお飾りではないらしい。
リリアの口ぶりから察するに、漆黒の王子はこの国に於いて、それなりの権力を持っているようだ。
(……聞きたいことがあるとかなんとか言ってたけど、なにを聞かれるんだろう)
数時間前、枕をぶん投げた記憶が、ふたたび脳裏を過り、ぶるるるっ、と身を震わせつつ、いそいそと制服を脱ぎにかかったものの、こんな風にぴたりと傍に寄り添われて、着替えるさまを、じっと見つめられるのは、やっぱりものすごく恥ずかしい。
なぜこのような羞恥プレイを強要されなければいけないんだ! と憤ったところで、命令遵守至上主義のリリアが、すんなりとそれを聞き入れてくれるとも思えず。
「ミオさま、お手伝い致しますわ」
何度目になるか分からない溜め息を吐きつつ、ラベンダー色のワンピースの後ろ釦を外して、頭から、ずぼり、と被りながら袖に腕を通していたら、制服を折り畳んでいたリリアが、その手を止めて、すぐさま後ろ釦を留めてくれる。
一人でもできるんだけどなあ、と思いつつも、身の回りの世話をするのが、彼女の仕事だというのなら、何かと口出しするのも悪いような気がして、黙ってリリアのやりたいように身を任せていたら、彼女は、つい、と目の前に編み上げブーツを差し出してきた。
「靴はこちらをお履き下さいませ。サイズは合うかと思うのですが」
「あ、はい。ありがとうございます」
色褪せたキャラメルみたいな色のブーツを受け取り、ベッドの縁に腰を下ろして、片足を突っ込む。
踵が少し高いけれど、幅はそれなりに太く、歩きにくさはそれほど感じない。
むしろ、踝が隠れるくらい、裾の長いワンピースを着て歩くには、ちょうどいい高さだし、サイズもぴったりだ。
もう片方のブーツも履いて、立ち上がろうとして、その動きを制すると、リリアはエプロンのポケットから櫛を取り出した。
着替えならもう終わっただろう、と首を傾げていたら、自由気ままに跳ねている髪をさらさらと梳いてから、慣れた手つきで髪を丁寧に編みこんでゆき、それを一つに束ねて結い上げると、小花をモチーフにした髪留めで、ぱちり、と留める。
そうしてからリリアは私の手を引いて日当たりのいい窓辺へと連れてゆくと、壁に立てかけていた全身を映し出す鏡の前へと立たせた。
「とてもよくお似合いですわ。どこかのご令嬢みたいですわよ、ミオさま」
鏡に映りこむ私の姿を見て、リリアは満足気に頷く。
嬉々としたリリアの声に釣られて鏡の中に映る自分を、ちら、と見遣って直後、私は、ぱちくりっ、と目を瞬かせてしまった。
(……って誰だ、これ)
レースやらフリルやら装飾品で、ごてごてに飾られたドレスを着るのだけは、どうにか回避したいと思って、衣装箱の中に入っていた服の中でも、比較的控えめなものを選んだつもりなのだが、それでも首から胸元にかけてのデコルテ部とラッパ状に広がった袖口、それから裾の一部に白布とレースを重ねたフリルがあしらわれたそれは、ワンピースというよりはドレスに近いものがあり、お姫さま、とまではいかないにしろ、リリアが言う通り、確かにどこかのご令嬢のようだ。
ほんの少し前、十八歳だと申告した際、漆黒の王子と銀色のワンコくんに、ものすごく驚かれてしまったが、これなら歳相応には見てくれそうだ。
女性は化粧で化ける、というのはよく聞く話だが、化粧などせずとも、着る服一つと髪型を少し変えるだけでも、ここまで化けられるのだなあ、と鏡に映りこむ自分をしげしげと眺めやりながら感心したものの、ここまで着飾るのは、やはり花嫁候補として呼び出されたからなのではなかろうか、と考えて、その直後。
「師団長様、お着替えの方は終わりましたわ」
「ああ、わかった。入るぞ」
ふたたび急浮上してきた『異世界召喚the花嫁候補探し』のフラグが、いよいよ濃厚になってきたことに、ざざっ、と蒼褪めていたら、不穏に揺れ動く私の心内なんて知る由もないリリアが、部屋のドアを開けて、外で待つ二人を室内へと招き入れる。
わー! ちょっと待ってー! 心の準備がまだできてないー! と焦る私に構わず、ずかずかと大股で部屋の中に先に入ってきたのは漆黒の王子だ。
いつものごとく、仮面を張り付けたような無表情で入ってきた漆黒の王子はけれど、肉食動物に狙われた小動物のように部屋の片隅で怯えている私と視線が合うなり、藍色のその瞳をぱちくりと瞬かせると、その場でフリーズしてしまった。
いやまあ当の本人でさえ、驚いたのだから、漆黒の王子の反応は間違ってないとは思うけれど、でもそこまであからさまに驚くのはちょっと失礼なんじゃないの!? と憤慨したのだが、漆黒の王子の後ろから入ってきた銀色のワンコくんも同様に驚いていたので、認めたくはないが、これが大衆の反応として概ね正しいのだろう。
「わあ、驚いたあ! でもすごく見違えたね。とても似合っているよ。アレクもそう思うだろ?」
「あ……ああ、まあ、そうだな」
二人の反応にしょんぼりと肩を落としていたら、銀色のワンコくんが瞳をきらきらと瞬かせて、そんなことを言う。
銀色のワンコくんに同意を求められ、ぎこちないながらも漆黒の王子が頷く――……と何気なしにふたたび視線がかち合った、と思った次の瞬間、ふいっ、と王子が視線を逸らした。
え!? なに今の反応は!?
これまで超絶に不機嫌かつ不愛想だった漆黒の王子が目を逸らすなんてありえない! とびっくりして、着替えを待っている間になにか変なものでも食ったのか? と、ほんのちょっぴり心配した私だったが。
「とにかく彼女から色々と聞きたいことがある。ここからは騎士団の管轄だ。悪いが二人とも席を外してくれ」
一瞬見せたあの反応はどこへ行ったのやら。
ふたたび無表情の仮面を張り付けた漆黒の王子が言い放ったその言葉に、私はうええええええええっ!? と音にならない悲鳴を上げた。