紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
どうやら事情聴取とやらを受けているようです①
かちこち、かちこち、かちこち……と時を刻む時計の針の音が聞こえてきそうなくらい――実際は時計などどこにもない――しーんと静まり返った室内で、なぜだか私はベッドの上で正座、という姿勢で、先ほどから漆黒の王子と向き合っている。
対する漆黒の王子はというと、ベッドからほんの少し離れた一角に木製の椅子を置いて陣取り、すらりと長い足を組み、ついでに両腕も組んで、なにを考えているのか、全く掴めない無表情な顔で、こちらを見据えている。
聞きたいことがあるからと言って、レナードとリリアを部屋から追い出したくせに、二人きりになるやいなや、漆黒の王子はなにかを問いかけてくるでもなく、口を一文字に曲げて、さっきから始終黙り込んだままだ。
おかげで相対する私と漆黒の王子との間には、鉛よりも重苦しい空気が立ち込め、さっきからものすごく息苦しい。
あと三分……いな、一分でもこの状況が続けば、間違いなく、窒息してしまう。
それにしても漆黒の王子が先ほどから、ずっと黙り込んでいるのは、枕をぶん投げたことについて、私が謝罪するのを待っているからなのだろうか。
こちらから言わせれば、あれはれっきとした正当防衛なのだが、しかしこのままでは埒が明きそうにもない。
ベッドの上ではあるが、ちょうど正座をしていることだし、ここは腹を括って、潔く土下座をすべきなのか!?
とそんなことを考えて、この息苦しさから解放されるのであれば、と、土下座を決行すべく、居住まいを正そうとして、その直後。
「――……お前、何の目的で、この世界へ来た?」
あまりにも単刀直入且つ悪人に対して発せられるようなセリフを投げつけられ、土下座の構えをしていた私はそのままの姿勢で固まってしまった。
明らかに敵意の籠もった鋭い視線を向けられ、その鋭さと冷たさに、心臓がぎゅうと委縮する。あまりの怖さに怯みそうになりかけて、ぐっと堪えると、私は真正面から漆黒の王子の藍色の瞳を見返した。
「目的なんてそんなのありません。寧ろ、自分がどうしてここにいるのか、逆にその理由を聞きたいくらいです」
「嘘を吐くな。何か目的があって来たのだろう? 正直に言え」
「嘘なんて吐いてません! というか、貴方の方こそ、何か目的があって、私を召喚したんじゃないんですか!? 例えば、どこかの占い師だとか魔術師だとかに異世界から花嫁候補を召喚せよ、とかなんとか言われたのを真に受けて!」
「――――……は?」
いきなり嘘つき呼ばわりをされ、つい頭に血が上ってしまい、怖さも忘れて、喚き立てていた私は鼓膜を揺らした漆黒の王子の乾いた声にはっと我に返った。
……って、私、今なんて言った!?
冷静さを取り戻した思考で、自分がとんでもないことを口走ったことに気づき、ぎょっ、と目を見開く。
「や……いいい、今のはちが――……」
「花嫁候補などと、よくもまあ大それた壮大な妄想を平然と言えたものだな。まあいい。それよりもこれは何だ?」
先ほどの失言を撤回しようとして、口を開いた私の言葉を遮ると、漆黒の王子は組んでいた足をゆっくりと解く。
そうしてから髪と同じ色をしたコートのような羽織もののポケットの中から、何かを取り出すと、それを私の前に掲げて見せた。
漆黒の王子が手にしていたのは二つ折りの携帯電話だ。
「お前が持っていた妙な形をした入れ物の中を調べさせてもらった。何か危害を及ぼすような物が入っていては困るからな。中に入っていた物の大半は紙や本だったな。書かれていた妙な形の文字は読めなかったが。その他にも変わった物が細々と入っていたが、おおよその物は類似品があったから危険はないと判断された。だがこれだけは誰が調べても分からなかった。小娘、これは何だ? 答えろ」
淡々とした口調でつらつらと言葉を並び立てる漆黒の王子の声に耳を傾けていた私はようやくそこで自分が通学鞄を持っていたことを思い出した。
こちらの世界に飛ばされてからというもの、これまで経験したことがないほどの怒涛の展開の数々に見舞われ、すっかりその存在を忘れていたが、そうか、通学鞄も一緒に飛ばされていたのか。
高校入学のお祝いも兼ねて奮発したのよ、と十六歳の誕生日にもらったのは、お気に入りのブランドの通学用の鞄。
少し大人びたシックなデザインの鞄の中に入れたのは筆記用具と大学ノートが数冊。あとは春休み中に出されていた宿題と課題のレポート。
他にはハンカチやらリップクリームやら絆創膏が入ったポーチに、小腹が空いた時に食べようと思って入れたお菓子。それから鞄と一緒に買ってもらったお揃いのブランドの財布。
ああ、そうだ! 思い出した!
春休み期間中に読もうと思って、学校の図書館で借りた本も、何冊か入っていたはずだ。
「鞄の中に学校で借りた本が入っているんです。返さないといけないものだから――……」
「心配するな。調べ終えて危険がないとわかったら、お前が持っていた物は全て返してやる。だから答えろ。これは何だ?」
見られて困るようなものは入っていないが、学校から借りた本だけは返してもらわないと困ると思って言い募れば、漆黒の王子はそんなことを言う。
反論することは許さないとばかり、先ほども口にした問いをふたたび投げかけられたものの、携帯電話なんて今どき誰しもが持っていて当たり前のものだ。
ごくごく普通にありふれたそれが、どんな物なのかを説明する機会なんて、今まで一度もなかったから、どんな風に答えればいいのかまったく思いつかない。
返答に困り果てて、頭を悩ませていた私は漆黒の王子がさっきから“危険”という単語を繰り返し使っていたことに気づき、それならば、と思いついたそれを口にした。
「それは携帯電話といって、離れた場所にいる人と会話をするために使う道具です。あ、もちろん、会話をするだけじゃなくて、他にも色々と便利な機能も付いているんですよ。例えばメールを送ったり、写真を撮ったり、ネットで買い物ができたり――……あ、ごめんなさい。たぶん説明しても、あまり分からないですよね。でもこれだけは信じて下さい。その道具は人に危害を加えたり、危険を及ぼすようなものではありません。だから安心してください」
漆黒の王子が一番求めている答えは携帯電話の機能や使い方ではなく、それが安全なのかそうでないかだろう。
そう思って携帯電話がどういったものか、その機能や使い方を織り交ぜつつ、彼でも理解できるよう、なるべく簡単な言葉を使って、分かりやすく伝えようとしたのだが、リリアと話した時と同様、一部の単語は翻訳されないまま、彼の耳に伝聞したようだ。
説明をしている途中で、こちらを見つめる瞳が、不思議そうに瞬いていたことを思い出し、余計なことは言わず、ただ安全性だけを伝えれば良かっただろうか、と不安になったが、けれど拙いながらも、一生懸命に話そうとしたその気持ちは、どうやらしっかりと受け止めてくれたらしい。
ほとんど変わることのなかったその表情がほんの少し和らぐ。
「どうやら嘘を吐いているわけではなさそうだな。疑って悪かった。色々と聞きたいことがある。いいか?」
さっきまでの無機質で淡々としたものとは違う、穏やかで柔らかい声が鼓膜を揺らす。
深い海の底を思わせる藍色の瞳を見返しつつ、私は、こくり、と小さく頷いた。
対する漆黒の王子はというと、ベッドからほんの少し離れた一角に木製の椅子を置いて陣取り、すらりと長い足を組み、ついでに両腕も組んで、なにを考えているのか、全く掴めない無表情な顔で、こちらを見据えている。
聞きたいことがあるからと言って、レナードとリリアを部屋から追い出したくせに、二人きりになるやいなや、漆黒の王子はなにかを問いかけてくるでもなく、口を一文字に曲げて、さっきから始終黙り込んだままだ。
おかげで相対する私と漆黒の王子との間には、鉛よりも重苦しい空気が立ち込め、さっきからものすごく息苦しい。
あと三分……いな、一分でもこの状況が続けば、間違いなく、窒息してしまう。
それにしても漆黒の王子が先ほどから、ずっと黙り込んでいるのは、枕をぶん投げたことについて、私が謝罪するのを待っているからなのだろうか。
こちらから言わせれば、あれはれっきとした正当防衛なのだが、しかしこのままでは埒が明きそうにもない。
ベッドの上ではあるが、ちょうど正座をしていることだし、ここは腹を括って、潔く土下座をすべきなのか!?
とそんなことを考えて、この息苦しさから解放されるのであれば、と、土下座を決行すべく、居住まいを正そうとして、その直後。
「――……お前、何の目的で、この世界へ来た?」
あまりにも単刀直入且つ悪人に対して発せられるようなセリフを投げつけられ、土下座の構えをしていた私はそのままの姿勢で固まってしまった。
明らかに敵意の籠もった鋭い視線を向けられ、その鋭さと冷たさに、心臓がぎゅうと委縮する。あまりの怖さに怯みそうになりかけて、ぐっと堪えると、私は真正面から漆黒の王子の藍色の瞳を見返した。
「目的なんてそんなのありません。寧ろ、自分がどうしてここにいるのか、逆にその理由を聞きたいくらいです」
「嘘を吐くな。何か目的があって来たのだろう? 正直に言え」
「嘘なんて吐いてません! というか、貴方の方こそ、何か目的があって、私を召喚したんじゃないんですか!? 例えば、どこかの占い師だとか魔術師だとかに異世界から花嫁候補を召喚せよ、とかなんとか言われたのを真に受けて!」
「――――……は?」
いきなり嘘つき呼ばわりをされ、つい頭に血が上ってしまい、怖さも忘れて、喚き立てていた私は鼓膜を揺らした漆黒の王子の乾いた声にはっと我に返った。
……って、私、今なんて言った!?
冷静さを取り戻した思考で、自分がとんでもないことを口走ったことに気づき、ぎょっ、と目を見開く。
「や……いいい、今のはちが――……」
「花嫁候補などと、よくもまあ大それた壮大な妄想を平然と言えたものだな。まあいい。それよりもこれは何だ?」
先ほどの失言を撤回しようとして、口を開いた私の言葉を遮ると、漆黒の王子は組んでいた足をゆっくりと解く。
そうしてから髪と同じ色をしたコートのような羽織もののポケットの中から、何かを取り出すと、それを私の前に掲げて見せた。
漆黒の王子が手にしていたのは二つ折りの携帯電話だ。
「お前が持っていた妙な形をした入れ物の中を調べさせてもらった。何か危害を及ぼすような物が入っていては困るからな。中に入っていた物の大半は紙や本だったな。書かれていた妙な形の文字は読めなかったが。その他にも変わった物が細々と入っていたが、おおよその物は類似品があったから危険はないと判断された。だがこれだけは誰が調べても分からなかった。小娘、これは何だ? 答えろ」
淡々とした口調でつらつらと言葉を並び立てる漆黒の王子の声に耳を傾けていた私はようやくそこで自分が通学鞄を持っていたことを思い出した。
こちらの世界に飛ばされてからというもの、これまで経験したことがないほどの怒涛の展開の数々に見舞われ、すっかりその存在を忘れていたが、そうか、通学鞄も一緒に飛ばされていたのか。
高校入学のお祝いも兼ねて奮発したのよ、と十六歳の誕生日にもらったのは、お気に入りのブランドの通学用の鞄。
少し大人びたシックなデザインの鞄の中に入れたのは筆記用具と大学ノートが数冊。あとは春休み中に出されていた宿題と課題のレポート。
他にはハンカチやらリップクリームやら絆創膏が入ったポーチに、小腹が空いた時に食べようと思って入れたお菓子。それから鞄と一緒に買ってもらったお揃いのブランドの財布。
ああ、そうだ! 思い出した!
春休み期間中に読もうと思って、学校の図書館で借りた本も、何冊か入っていたはずだ。
「鞄の中に学校で借りた本が入っているんです。返さないといけないものだから――……」
「心配するな。調べ終えて危険がないとわかったら、お前が持っていた物は全て返してやる。だから答えろ。これは何だ?」
見られて困るようなものは入っていないが、学校から借りた本だけは返してもらわないと困ると思って言い募れば、漆黒の王子はそんなことを言う。
反論することは許さないとばかり、先ほども口にした問いをふたたび投げかけられたものの、携帯電話なんて今どき誰しもが持っていて当たり前のものだ。
ごくごく普通にありふれたそれが、どんな物なのかを説明する機会なんて、今まで一度もなかったから、どんな風に答えればいいのかまったく思いつかない。
返答に困り果てて、頭を悩ませていた私は漆黒の王子がさっきから“危険”という単語を繰り返し使っていたことに気づき、それならば、と思いついたそれを口にした。
「それは携帯電話といって、離れた場所にいる人と会話をするために使う道具です。あ、もちろん、会話をするだけじゃなくて、他にも色々と便利な機能も付いているんですよ。例えばメールを送ったり、写真を撮ったり、ネットで買い物ができたり――……あ、ごめんなさい。たぶん説明しても、あまり分からないですよね。でもこれだけは信じて下さい。その道具は人に危害を加えたり、危険を及ぼすようなものではありません。だから安心してください」
漆黒の王子が一番求めている答えは携帯電話の機能や使い方ではなく、それが安全なのかそうでないかだろう。
そう思って携帯電話がどういったものか、その機能や使い方を織り交ぜつつ、彼でも理解できるよう、なるべく簡単な言葉を使って、分かりやすく伝えようとしたのだが、リリアと話した時と同様、一部の単語は翻訳されないまま、彼の耳に伝聞したようだ。
説明をしている途中で、こちらを見つめる瞳が、不思議そうに瞬いていたことを思い出し、余計なことは言わず、ただ安全性だけを伝えれば良かっただろうか、と不安になったが、けれど拙いながらも、一生懸命に話そうとしたその気持ちは、どうやらしっかりと受け止めてくれたらしい。
ほとんど変わることのなかったその表情がほんの少し和らぐ。
「どうやら嘘を吐いているわけではなさそうだな。疑って悪かった。色々と聞きたいことがある。いいか?」
さっきまでの無機質で淡々としたものとは違う、穏やかで柔らかい声が鼓膜を揺らす。
深い海の底を思わせる藍色の瞳を見返しつつ、私は、こくり、と小さく頷いた。