紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

どうやら事情聴取とやらを受けているようです②

(ああ、やっぱり圏外!)

 漆黒の王子の許可を取って、彼から二つ折りの携帯電話を受け取った私は、もしかしたら、と淡い期待を胸に抱きつつ、二つ折りの携帯電話を、ぱかり、と開き、縦長のディスプレイの右端上のアイコンへと視線を走らせて三秒後、がっくしと肩を落とした。
 バッテリー残量の左隣に表示されていたのは『圏外』の二文字。
 せめてアンテナが一本でも立っていたならば、と思ったのだが、国内屈指の大手通信会社でも、やはり異世界にはアンテナ基地を設けていないようだ。
 うん、そうだよね。アンテナ基地なんてあるわけないわよね。だってここは異世界なんだもの!
 期待を裏切らない展開に心の中でやさぐれつつ、二つ折りの携帯電話を静かに閉じると、私は漆黒の王子の大きな掌へとそれを戻した。

「こちらで預かってもいいのか?」
「はい、ここでは会話もメールもできませんので。調べたら返して頂けるんですよね? でしたら気が済むまで、ご自由に調べて下さい。あ、でも水や火には弱いので、そこだけは注意してください。それから分解とかも止めてくださいね?」
「ああ、分かった。きちんと伝えておく」
「えーっと、それで聞きたいこととは何でしょうか。漆黒……じゃなかった。えーっと、アレ……アレク、シオさん?」

 鴉の羽のような黒いコートのポケットの中に戻されてゆく携帯電話を眺めやりつつ、本題を切り出すべく、漆黒の王子の名前をたどたどしく口にすれば、漆黒の王子は藍色の瞳を眇める。

「アレクでいい。皆、そう呼ぶ。それから敬称も不要だ」
「え、えーっと、アレク、さん?」
「アレク、だ」

『王立騎士団第一騎士団師団長』という長ったらしい肩書きを持つ漆黒の王子に対して、呼び捨てにするのは、さすがに気が引けて、敬称をつけて呼んでみたら、すぐさま訂正されてしまった。
 最初の頃と比べれば、口調はだいぶと柔らかくはなっているけれど、それでも彼の声音は逆らうことを許させない強さを持っている。
 師団長である彼の命令は絶対的だと言っていたリリアの気持ちが、何となく理解できて、敬称をつけるな、と告げた彼の言葉に素直に従うことにした。

「……はい、わかりました。それで聞きたいことはなんでしょうか?」
「ああ、そうだな。まずはお前がこの世界へ来ることになった要因について聞かせてもらおうか」

 脱線しかけた話を本線へ戻した私に漆黒の王子改めアレクは、私がこの世界に来た原因について訊ねてくる。
『目的』とは言わず、敢えて『要因』といってくれたことに安堵しつつ、私は記憶の引き出しを開くと、その一つ一つを掘り返しながら、たくさんある情報の中から、伝えるべきことだけを拾い集め、ここに至るまでの経緯を語り始めた。

「ええっと、そうですね……手短に話せば、学校に向かう途中、急に体調が悪くなりまして。うーん、どう表現すればいいでしょうか。急に視界がぐるぐると回りまして、そうしたら次に吐き気と眩暈に襲われたんです。私、昔から身体だけは丈夫だったので、突然のことに本当にびっくりしました。ですがそれだけでは終わらなかったんです! 最後の留めとばかり、身体中のありとあらゆる骨がバラバラになるんじゃないかってくらいの激痛が全身を突き抜けまして、もう立つこともままならず、地面に倒れたんです。全校集会で校長先生の長話に耐え切れず、貧血で倒れる子がいてて、私、秘かにそのシチュエーションに憧れていたんです。残念ながらイケメンの独身男性教諭に抱きかかえられて、保健室に運ばれる、っていう美味しい展開にはならなかったんですけどねえ……ってあれ? アレクシオさん、私の話、ちゃんと聞いてます?」
「ああ、聞いているぞ。お前のその無駄に長い『手短な話』とやらをな。それからアレクだ。もう一回でも間違えてみろ。その舌を引っこ抜くぞ」
「うわあ、アレクシオさん……あ、違った。アレクってば、ものすごい毒舌キャラなんですね。あ、でも、安心して下さいね。私、花菜ちゃんの毒舌で鍛えられているから耐性はついていますので。ちなみに花菜ちゃんは小学生からの幼馴染みです」
「ああ、分かった、分かった。頼むから要点だけを話してくれ。それで体調不良に見舞われて、倒れて、次に目を覚ました時には、この部屋のベッドの上で寝ていた――……それでいいな?」
「ええ、まあ、概ねはそんな感じですね」

 げんなりとした表情で私の言葉を引き継いだアレクが、話を勝手に纏め上げて締め括ってしまったが、私が異世界にぶっ飛ばされた経緯については理解してくれたようだし、まあ良しとするか。
 いやしかしそれにしても不思議だ。
 一昔の日本であれば、忽然と人が消えたりすれば『神隠し』だって、大騒ぎになるであろう事案なのに、私から事の経緯を聞いても、アレクは全然驚く様子もない。

「あの……どうして驚かないのですか?」
「何を、だ?」
「私がいた国では人が忽然と消えたら大騒ぎになります。でもアレクさ……アレクは驚いた風でもなく、私の話を聞いていたので、少し気になったんです」
「そうか。お前がいた国では魔法は使われていなかったのか?」
「はい、私がいた国では少なくても魔法といった類のものはゲームや小説……ええっと架空の世界にしかないものだと、一般的には認識されています。もちろん完全否定はされていません。魔女や魔法使いはいると信じている人もいますし、文明の発展が遅れている地域では精霊や悪魔といった存在も信じられています。魔法とは少し違いますが、超能力と呼ばれる不思議な能力を持つ人もいるようですし。ですがそういうのも手品の種のような仕掛けがあるのだろうと、多くの人は信じていません……この世界では魔法はごくごく当たり前に使われているのでしょうか?」
「ああ、まあ、そうだな。だがしかしその辺りの話をしだすと、明日の朝になっても終わりそうもない。興味があるというのならば、その話は別の機会にでも、たっぷりと聞かせてやろう。それでだ。なぜ、俺がお前の話を聞いても驚かなかったのか、その理由だが」

 お互いが共有しあえる情報があまりにも少なすぎて、会話を重ねれば、重ねるほどに、話はどんどんと膨らんでゆく。
 確かにこの調子だと明日の朝どころか、一週間経っても終わらなさそうだ、と激しく同意をしていたら、ぐらぐらと安定なく揺れる話の矛先を、今度はアレクが若干強引ぎみに元の軌道へと戻す。

「この世界には時空魔法というものが存在していて、実際、その魔法を使いこなして時空間を自由に行き来している者がいる。まあ高度魔法だから使い手はほとんどいないがな」
「じ……じくう?」
「お前がいた世界でも『時間』は流れていただろう?」
「ええ……まあ」
「時空間とはその時間が流れている空間のことだ。要するに時間という概念を持つ世界であれば、どこにでも時空間は存在する。つまり時空間を操る技法を持つ世界であれば、お前が言う『異世界から花嫁候補を召喚する』ことも可能ということだ」

 人が悪そうな笑みを瞬かせて、アレクはつい先ほど私が口にした世迷言を面白げに言って退ける。
 うわあああああ! 揚げ足を取って愉しむとか最っ低ーーっ!!
 相手が『王立騎士団第一騎士団師団長』でなければ、ぶん殴ってやりたいところだが、ここでアレクを怒らせて腐敗臭漂う地下牢にぶち込まれても困る。
 くそう、と悪態を吐きつつ、握り締めた拳を鎮めると、私は『手短な会話』とはこうであると、お手本でも見せるがごとく、要点をしっかりと抑えながらも、とんとんと話を進めたアレクが、口にしたことをもう一度、頭の中で整理しようとした。
 ……のだけれど。

 一応、要点を抑えてはいるものの、ファンタジーという枠を超えて、なんだかSFめいた話の流れに、思考が全く追いつかない。
 時空だとか、時空間だとか、それこそタヌキ……いや違った。未来からやってきたネコ型ロボットが、不思議なポケットから様々な道具を出して、出来の悪い主人公を助けるという、あの国民的長寿アニメに出てきそうな単語ではないか。
 とすれば、机の引き出しの中の乗り物や、毎回のごとく飛び出すあの大きなドアも、『時空間』を操る道具ってことになるのか。うーむ、なるほど。
 って、違う、違う!

「え……えーっと、まだよく理解できてないんですが、少なくても私がいた世界では、時空を操るような魔法も技法も持ち合わせていません。それを考えれば、やはり何らかの理由で、この世界にいる誰かに喚ばれたということでしょうか?」
「いや、その可能性はおそらく低いだろう。さっきも言ったが時空魔法は高度魔法だ。術者の生命を脅かすほどの、な。はっきりとしたことは言えないが、お前は偶然できた時空の歪みに入り込んで、この世界に来たのではないかと推測されるが」

 話を聞けば、聞くほどに抜け出せない深みに嵌まっていくようで、なんだかすごく怖い。
 波紋のように広がる不穏な空気に耐え切れず、私は縋るように、こちらを見ている藍色の瞳を見返した。

「あの……私は元いた世界に戻れるのでしょうか」

 ぽつり、と呟いたその問いかけにアレクは口を噤む。
 けれどもすぐに重苦しげに息を一つ溢すと、彼は藍色の瞳を真っすぐに向けてきた。
 感情が掴めなかった瞳の中に憐れみのような色が灯る。

「……そうだな。可能性がないわけではない。だが期待するのは止めておいた方がいい。時空間は時間という概念を持つ全ての世界へと通じている。その数は無限だ。時空魔法を使える術者の力を借りたとしても、何千、何万もある世界の中から、お前がいた世界を選び抜くことはほぼ不可能に近い」
「――――……っ、」

 静かに落ちてきたアレクの言葉に、ぼろり、と涙が溢れ出す。
 ぼろぼろと溢れ出した涙を見られたくなくて、慌てて俯く。
 ふわりと広がるラベンダー色のワンピースの裾を、ぎゅうっ、と握り締めて、嗚咽が漏れるのを必死に我慢していたら、ほとんどゼロに近い距離に人の気配を感じた。
 と思った次の瞬間、頬に、ぐいっ、と柔らかいものが押し付けられた。
 涙で霞む視界の中で、それが真っ白なハンカチだと気づいて、ふわり、と柔らかな匂いが鼻先をくすぐる。
 春先に注ぐ穏やかな日差しの下で干した洗濯物みたいに柔らかくて、優しいその香りに導かれるように、顔を上げて。

「――……そんな顔して泣くな」

 困ったような表情をした漆黒の王子の指が、涙を伝う頬にそっと触れた。


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