紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

異世界の孤児院で子供たちとほのぼのスローライフを楽しんでます。

「くらえ! 旋風アターック!」
「おおー! すげえな! ルークの旋風アタックは!」
「へへ~ん! 俺の旋風アタックは百発百中さ! 捉えたパンツは逃さないぜ!」
「それにしても、なあんだ。今日は普通の真っ白かぼちゃパンツかよ」
「あーあ、つまんないなあ。おい、ミオ! お前、十八なんだろ? もうちょっと大人っぽいパンツはけよー」
「……って、こらーっ! リクトにルーク! それからキオ! いい加減にしなさいよ、この悪ガキ! 今度やったら、三時のおやつ抜きだからね!」

 麗らかな日差しが降り注ぐとっても穏やかな昼下がりに響く子供たちの元気な声。
 三階建ての建物に面した広い庭を走り回って、はしゃぐ元気な子供たちを横目に見つつ、洗濯物を取り込んでいた私は、ルークの得意技である『旋風アタック』ことスカートめくり、という男の子であれば、だれもが一度は経験したことであろう悪戯をしかけられ、ぶわり、と宙に大きく翻ったワンピースの裾を片手で押さえると、ちょっかいをかけてきた悪童三人衆に向かって大声で叱りつけた。
 むろん、ちょっと怒鳴ったくらいで、懲りて反省するような悪童三人衆ではない。

 リクト(8)、ルーク(7)、キオ(8)の三人は孤児院で暮らす子供たちの中でトップ3に入る悪ガキだ。

 やんちゃで悪戯好きのいわゆる問題児――……いな、ちょっとばかり手が焼ける子供たちで、私ももれなく、彼らの標的となってしまい、スカートめくりなどは日常茶飯事のこと、ひどい時には背中に毛虫を放り込まれたりだの、トカゲの尻尾をポケットの中に仕込まれたりだの、落とし穴に引っかけられたりだの、と毎日のように何かしらの嫌がらせを受けている。
 とはいえ、根っからの性悪ってわけではなく、一緒に買い物に行けば、重たい荷物は率先して持ってくれるし、忙しくて手が回らないときは、年下の子供たちの面倒も見てくれるし、他の子供たちと比べれば、少々悪戯がすぎるってだけで、三人とも心根はとても優しい子ばかりだ。

 正式な処遇が決まるまでは孤児院で暮らして、この世界――セラフィリアのことを子供たちから色々と学べ、とアレクから言われたのは、もう一か月以上も前のこと。
 処遇が決まれば報告すると言われたものの、待てど暮らせど、いまだに何の連絡もなく、近頃ではもう忘れられているんじゃなかろうかとそんなことを思いつつ、元気いっぱいな子供たちに囲まれ、毎日を楽しく過ごしている。
 もちろん無条件で三食食事付き必要最低限の生活が保障されているわけではなく、その見返りとして、私は孤児院で暮らす子供たちの世話及び家事全般+レナードの雑用係を引き受けているのだが、下は三歳から始まり、最年長は十五歳まで――……と総勢二十人ほどの子供たちが一つ屋根の下で暮らしているものだから、それはそれはもう猫の手も借りたいくらい毎日が大忙し!

 孤児院での私の一日のスケジュールをざっかりと纏めればこうだ。
 だいたい朝は六時には起床して、まずは総勢二十人もいる子供たちの朝ごはんの準備から取りかかる。
 そうして朝ごはんを食べ終えたら、山ほどもある食器の片づけをし、その後は食堂や応接室を含めても、軽く三十はあるであろう、孤児院内各部屋の清掃及びシーツの交換。
 それらが済んだら、取り替えたシーツに加えて、子供たちが汚した大量の衣服を洗濯して、広い庭に干し、今度は昼ごはんの準備に取りかかる。
 だいたいここまでが午前中の作業で、昼ごはんを食べながら束の間の休憩を終えたら、またしても食器の片づけに追われ、息を吐く間もなく、午前中に干していた洗濯物を取り込む。
 その後、ちょっとしたティータイムを(たしな)み、それが終わったら、翌日の食料の買い出しにゆき、両手いっぱいに食料品を抱えて帰ってきたら、今度は夕食の準備と食後の片づけ。
 そうしてだいたい夜九時頃になったら、子供たちを寝かしつけて、ようやく、ここで一日の仕事を終えることができる。

 ……とここまでつらつらと並び立てたこれらの作業を、私を含めて約四名――残りの人員はコリンヌさんを筆頭とする近所のボランティアの方々――と孤児院で暮らす子供たち――は、年齢・性別・適応能力による分担制――で賄っている。

 一か月以上が経った今でこそ、だいぶと慣れてきたが、最初の一週間くらいは、目が回りそうなほどの忙しさに翻弄され、一日の仕事を終えたあとに、なにかをやろうという余力などなく、ベッドに倒れ込むと死んだように眠り、翌朝、目を覚ませば、重度の筋肉痛によく苛まされていたものだ。
 そんな多忙な毎日を過ごしつつも、アレクから言われた異世界で暮らすために、必要なことや大切なことを子供たちから学ぶ、という課題も毎日欠かさず、ちゃんと熟している。

 没収された鞄の中に入っていた大学ノート数冊と筆記用具を一足先に返してもらった私は『異世界で暮らすための手引き書』なるものを作り、色々と得た知識や情報を書き溜めているのだが、孤児院で過ごすようになって三日目から書き始めた『異世界で暮らすための手引き書』も、すでにノートの三分の二ほどまで使い切っている。
 異世界での慣れない生活に戸惑う私を見かねて、レナードやコリンヌさんたちも、あれこれと教えてくれるのだが、アレクも言っていたように、子供たちが話す言葉は至ってシンプルでわかりやすく、異世界での生活知識が幼稚園児レベルの私でも理解しやすいので、『異世界で暮らすための手引き書』にびっしりと詰め込まれた知識や情報のほとんどは、孤児院で暮らす子供たちから教わったものばかりだ。

 この一か月の間に知り得た膨大な量の知識や情報の全てを伝えるのは、ちょっと大変なので、『異世界で暮らすための手引き書』から抜粋したものを、ざっくり大まかに纏めると、以下のようになる。

①この世界について。
 私が飛ばされた異世界の総称はセラフィリアと呼ばれている。
 セラフィリアには四つの大陸があって、一番大きな大陸が東にあるガーディアナ大陸。
 二番目に大きいのが西に位置するエスヴァン大陸で、その次に大きいのが北のライドン大陸。
 そして南にはデルファナ大陸があるのだけれど、子供たちから聞いた話によると、遥か昔はものすごく大きな大陸だったらしいのだけれど、神様の怒りに触れたとかで、何千年も前に、その大半を海の底に沈められたらしく、今は過去に繁栄したことを示す遺跡が、ほんのわずか残っているだけの小さな孤島となっているそうだ。
 ちなみに私が暮らしているアリルア国は西大陸にあって、大陸内に七つある国の中では最も勢力が強く、広大な大陸の実に三分の一の領土を有する大国だそうだ。

②生活様式について。
 機械や器具といった便利な道具――……いわゆる文明の利器と言われるものの類は一切なし!
 東大陸にあるミストリア帝国と呼ばれるセラフィリアで最大権力を誇る国では、機械技術の研究が進められているらしいのだけれど、実用とまでは至っておらず、セラフィリアでは火や水や風などの自然の力+魔力から抽出される魔導力なるものをエネルギー源として活用しているそうだ。
 そのため日常生活のほとんどはアナログ形式で、水一つ汲むにしても、井戸から水を汲み上げなきゃいけないし、洗濯だってもちろん手洗い。
 冷蔵庫なんて便利なものは当然ないから、買い物だって毎日行かなきゃいけないし、お風呂を焚くのだって一苦労。
 蛇口を捻れば水が出て、スイッチを一つ押すだけで火が熾せたり、明かりを点けられたり、お風呂を沸かせられたり、そういう当たり前にできた事が簡単にはできなくなって、改めて、日本での暮らしがどれほど便利で快適だったのか、そのありがたみを思い知らされた。
 ちなみに食文化に関しては調味料や食材、調理法に至るまでほぼ一緒。
 さすがに味噌や醤油といった調味料や、これぞ和を極めた日本由来の料理! ってのはないけどね。

③魔法と魔力について。
 テレビや掃除機、洗濯機といった便利な機械はないが、その代わりに魔法が広く知られていて、セラフィリアで魔法は『あって当然』のものとされている。
 ただし魔法を使うにはその力の元となる『魔力』が必要となり、その上で各魔法を司る属性精霊と契約を結ばなければならず、また魔法を詠唱する際、魔力を大量に放出するため、魔力をいかほどに持っているかで、使用できる魔法が制限されてしまうそうだ。
 ビビデバビデブゥ、と呪文を唱えて杖を一振りすれば、誰でも簡単に魔法が使えるんだろう、なんて思っていたから、そんな簡単に魔法を使うことはできないと知ったときは、ずいぶんとがっかりしたものだ。
 ちなみに能力に個人差はあるものの、魔力自体は誰しもが持っているらしく、前述した『魔導力』なるものを動力とした道具は、個々が持っている魔力をほんの少し引き出せば、誰にでも扱えるらしいのだが、いまのところ、魔導力を用いた道具は使えないので、おそらく私には魔力なんてものは備わっていないのだろう。

④精霊について。
 セラフィリアには様々な属性の精霊が存在していて、魔法を使う際は各属性を司る精霊と契約を結び、精霊による試練を見事クリアできれば、晴れて魔法を使うことができるそうだが、精霊にも人間のように性格や性質があり、気難しかったり、気性が荒い精霊だと、下位精霊でも契約を結ぶのは難しいそうだ。
 下位精霊であるサラマンダー(火)、ウンディーネ(水)、シルフ(風)、ノーム(大地)の四大精霊は、試練さえクリアできれば、誰でも契約を結ぶことが可能らしいのだが、サラマンダーに限り、気性が荒いため、初心者には扱いにくいそうだ。

 他にも、雷、氷、光、闇、死、時間などを司る精霊がいるらしいが、これらの精霊は高度な魔法を扱うため、魔術師や魔女といったいわゆる『魔法使い』と称される人たちにしか契約することは許されておらず、契約を結ぶための試練も、かなりの難関らしく、その突破率は10%にも満たないそうだ。
 また四大精霊の上位に当たる精霊との契約も『魔法使い』のみにしか許されていない。

 ちなみに魔法とは少し違うのだけど、四大下位精霊と契約することで、ちょっとした火種を熾したり、スカートの裾を捲り上げる程度の風を扱えたりするので、魔法の有無は別として、セラフィリアに住む人たちのほとんどは四大下位精霊と契約を結んでいるそうだ。
 もちろん、孤児院にいる子供たちも、全員契約済みらしい。
 魔力すら持ってない私には契約すらできないんだけどねえええ(泣)

⑤言語について。
 こちらは異世界ぶっ飛ばされ系の話では、ほぼ標準装備されている『自動翻訳機能』が、もれなく適用されているので、普通に会話をする分には全く困らないのだけれど、一部の単語――主に名詞や固有名詞――に関してはやはり翻訳されないことが多いようだ。
 そうしてこれも異世界ぶっ飛ばされ系の話ではありがちな設定だが、会話は適当に翻訳してくれるのに、なぜだか文字だけは全くといっていいほど読めないのだ。
 まあ会話さえできれば、普段生活するのには何ら支障はないし、勉強するための絵本や図鑑は子供たちが代読してくれるので、いまのところ、文字の読み書きに関しては、後回しでいいかなあ、とは思ってる。
 ただ買い物をする際、お金の勘定ができないと困るからとの理由で、レナードとコリンヌさんに数字の読み方を含め、通貨の単位はみっちりと叩き込まれたけどね。

 セラフィリアでは元いた世界ほど、印刷技術が発展しているわけではないので、紙幣はなく、金・銀・銅の三つの硬貨が、それぞれ大中小の大きさに区分されて使われている。

 硬貨の種類は全部で九つ。
 貨幣価値は安い方から銅貨→銀貨→金貨の並びとなっていて、大銅貨一枚=小銀貨一枚となっており、『ヴァロ』という通貨単位が全世界共通で使用されている。
 おおよそではあるが10ヴァロ=小銅貨一枚、100ヴァロ=中銅貨一枚、1,000ヴァロ=大銅貨一枚もしくは小銀貨一枚といった感じだ。
 まあ実際に買い物するときは、お店の人が「それなら小銅貨二枚だよ!」と硬貨が何枚必要かを言ってくれるので、通貨単位で計算することはほとんどないんだけれど。

 ちなみに小金貨が三枚もあれば、孤児院で暮らす子供たちの一か月分の食料が余裕で確保できるくらい、金貨にはものすごい価値があるようなんだけど、一般庶民では金貨はほとんど手に入らないし、まず日用品や食材で金貨を使わなければいけないほど、高価なものは売っていないので、金貨に限っては小金貨ですら、実物を見たことは一度もない。

⑥その他諸々について。
 精霊の他にも魔物やら妖精といった類の種族がいるそうで、RPGなんかではお馴染みのドラゴンとかもいるらしく、好奇心旺盛な私としては、ちょっと見てみたい気もするけれど、運悪く魔物なんかに遭遇しちゃって、ぱっくりと美味しく喰われたりなんかしたら、死んでも死にきれないので、やっぱり図鑑で見る程度に留めておくのが一番いいのだろう。 
 あ! それからもう一つ。
 セラフィリアには地球と同じく月が存在するんだけど、その色は地球から見えるのものとは異なっていて、まるで血を吸い上げたみたいな真っ赤な色をしているんだ。
 レナード曰く、セラフィリアの月も元々は淡い黄色だったらしいのだけれど、一年ほど前に異変が起きて、一夜にして今の色になったそうだ。
 学者とかが色々と調査しているようなんだけど、月の色が変わった原因については、未だに解明されていないそうだ。

 ――……とまあ日本にいた頃とは全く違う日常や常識に戸惑いながらも、セラフィリアでの生活にも少しずつ慣れてゆき、一か月以上が過ぎた今では楽しむ余裕さえ出始めている。

 とは言っても、頼れる身内など一切いない天涯孤独の身の上だったとか、聞くに堪えないほどの虐待を受けていただとか、一生かかっても返し切れないほどの借金を背負って極貧生活を送っていただとか、そういった不幸要素なんてものは一切なく、両親親戚友達ともにみんな健在で関係も良好、生活基準だって贅沢三昧できるほどの金持ちではなかったけれど、それなりの水準は保たれていて、本当に不満に思うことなんてほとんどなく、むしろ幸せだとさえ感じていたから、セラフィリアに飛ばされてから一週間くらいは、日本のことを思い出しては毎晩のように泣いていた。
 突然いなくなった私のことを心配して、今頃はパパもママも死に物狂いで探しているのだろうと思えば、胸が張り裂けそうなくらい悲しかったし、とにかく一分一秒でも早く日本に戻りたい、とそればかりを考えて、食事もほとんど喉を通らず、ひどく落ち込んでいた私を励ましてくれたのも、他ならない子供たちだ。
 それぞれ個々に理由はあるが、孤児院で暮らす子供たちは皆、幼い頃に親を失い、両親以外の引き取り手もいない子たちばかりだから、日本に帰れず泣く私の気持ちを誰よりも一番に理解してくれ、一生懸命に励ましてくれたのだ。
 子供たちの伝える言葉は拙いけれど、そこに偽りや嘘はなく、心の底から心配してくれているのが分かったから、私はどうにか立ち直れることができたのである。
 今の私にとって子供たちは色々と知識を与えてくれる先生であり、心の支えとなってくれる大切な家族のような存在だ。
 最近ではこのまま日本に戻れないのなら、孤児院で子供たちと一緒に余生を過ごすのもありかもなあ、とさえ考えてしまうほどだ。
 もちろん日本に戻ることを諦めたわけではないのだけれど。

「もう、本当にリクトもルークもキオも大人げないんだから! ミオお姉ちゃん、気にしちゃダメよ!」
「そうそう! ちょっとはジオルドを見習えばいいのにね」
「そういえば、最近、来てないよね。どうしたのかなあ、ジオルド」

 庭に干していた大量の洗濯物の取り込みを手伝いながら、スカートを捲られた私を慰めてくれたのは、リーザ(11)、アンナ(9)、デイジー(10)の仲良し三人組の女の子たちだ。
 パンツを見られるくらいなら全然平気よ、と思いつつ、それよりも、と女の子たちが口々にした固有名詞の方が気になって、私は彼女たちに聞いてみることにした。

「ねえねえ、ジオルドって誰なの?」
「あ、ミオお姉ちゃんはまだジオルドに会ったことがないんだっけ?」
「あのね、ジオルドは騎士団に所属する騎士なの。すっごく優しくてかっこいいのよ!」
「そうそう! たまに施設に遊びに来てくれるんだけど、いつも美味しいお菓子をいーっぱい持ってきてくれるの!」
「施設にいる女の子はみんなジオルドのことが好きで、本気で狙ってる子もいるくらいなのよ」
「たしかデイジーもそうだし、アンナだってそうよねえ? 私はクロフォード様の方が好みだけどね」
「あ、でもクロフォード様も王子様みたいで素敵よねえ」
「ちょっとデイジー! クロフォード様は私が狙っているんだからね!」
「わかってるってば~! もうリーザったらそんなに怒らなくていいじゃない。大丈夫よ、私はジオルド一筋だから安心して、ね?」

 どこの世界に於いても女の子というのはこの手の話が大好きらしい。
 ジオルドとやらの人物の情報を仕入れようと思い、ちょっと聞いただけなのだが、『恋バナ』に火が点いた三人は質問した本人はそっちのけで、大いに盛り上がっている。

「みんなー! そろそろおやつの時間だから、ちゃんと手を洗ってから、食堂に来るのよー!」

 恋バナに花を咲かせる彼女たちを微笑ましく思いながら、広い庭を駆け回って遊ぶ子供たちに大きな声で呼びかければ、はあーい! と元気いっぱいの返事が方々から返ってくる。
 子供たちの元気な声に満足しつつ、干したての洗濯物がたくさん入ったかごをうんせ、と両手で抱えると、私はほのかに香るはちみつの甘い匂いに誘われるように、三階建ての孤児院の食堂へと向かった。

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