紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
あれが噂に名高い魔物とやらでしょうか?
ひんやりとした冷たい空気に包まれた路地裏は街灯かりがほとんど届かず、薄暗い上に道幅もかなり狭く、買い物客で賑わっていた大通りとは違い、辺りはひっそりと静まり返っていて、人の気配は全く感じられない。
少年の後を追いかけて、路地裏に飛び込んだものの、迷路のように複雑に入り組んでいる狭い路地は身を隠すには絶好の場所で、見えていた彼の背中は、あっという間に視界から消えてしまい、気がついたら、私は彼の姿を完全に見失っていた。
立ち止まり、息を切らせながら、辺りを見回すものの、彼の姿はどこにも見当たらず、先に見える道も四方八方に複雑に分かれていて、彼がどっちに向かって逃げたのか、それすらも皆目検討つかない。
(ど……どうしよう! 鞄の中にはアレクに返さなきゃいけない本と、お城に入るための通行許可証が入っていたのに――っ!!)
アレクから借りた本はともかくとして、通行許可証は絶対に紛失してはいけない貴重なものなはずだ。
そんな貴重なものを失くしたどころか、悪党に盗まれたりなんて世間に知れたら、一大事になるんじゃなかろうかと考えたら、引き返すに引き返せなくて、立ち止まったまま、前にも進めず、後ろにも退けず、私は泣き出しそうになった。
建物の間を吹き降ろす風に流され、色を失った枯葉が、かさかさと音を立てながら、足元をすり抜けてゆく。
魔物が出てくることを警戒してか、辺りは閑散としていて、人っ子一人どころか、猫の姿さえ一匹も見当たらない。
遠くに聞こえる雑踏が、時折、微かに耳に届くくらいで、他に音らしい音もなく、辺りはしーんと静まり返っている。
(こ……怖いよぅ)
あまりの不気味さに足が立ち竦む。
(アレクとレナードには土下座して謝ろう。うん、それがいいに決まっているわ)
これ以上、突き進むのは無理ー! と泣く泣く通行許可証奪還の使命を放棄した私は、薄気味悪い路地裏からさっさと退散しようと思い、くるりと身体を180度回転させると、来た道を引き返そうとした。
したのだけれどおぉお。
「うわああああああああああ!!」
路地裏一帯に響き渡るホラー映画さながらの叫び声。
悲鳴がした方へ背中を向けていた私は恐怖に満ちたその絶叫ぶりに、ぴたりっ、と動きを止めてしまった。
つぅ、と背中に嫌な汗が流れ落ちる。
な……なにかしら? 今、悲鳴のようなものが聞こえたけれど、気のせいだよね? ああ、きっとあれだ。恐怖心が勝って、自分の中で妄想が膨らんで、幻聴を作り出したんだわ。ええ、そうよ、これは空耳。空耳なんだわ!
「うわああああ――――っ! だ……誰か……誰か助けてくれ――っ!!」
これは空耳だと自己暗示をかけ、無理やり聞かなかったことにして、現実逃避に走ろうとした私の耳に、助けを求める悲痛な叫び声がふたたび響く。
ひ……悲鳴なんて聞こえなかった…………んだからああぁあぁああ!
そう心の中で絶叫したものの、幻聴でも、空耳でもなく、確実に耳に届く大絶叫はあの少年のものだ。彼が放つ声は尋常ではなく、彼の身に緊迫した危機が迫りつつあることは間違いなさそうだ。
「ど……どうしよう。と……とにかく、誰か人を呼ばなきゃ……」
剣も魔法も使えない私が駆けつけたところで、役には立たないだろうと思って、助けを呼びに行こうとした私の背中に、見捨てていくなあああ! と怨念でも籠っていそうな悲鳴がまたもや飛んでくる。
だからあああ! 悲鳴を上げられても、私じゃあ、どうにもならないんだってばあ!
助けを呼びに行くからちょっと黙って待ってなさいよ! と怒鳴りたいところだが、事態は悪化の一途を辿るばかりらしく、今度は嗚咽交じりの悲鳴が聞こえてきた。
ああ、もう! わかったわよ! 行けばいいんでしょっ、行けばあああ!!
さっきまでとは違って、威勢を失くした弱々しい悲鳴に、助けを呼びに行くことを諦めた私は、小悪党の背中なんて追うんじゃなかったと泣き言を漏らしつつ、竦む足を無理やり動かして、薄暗い路地裏の細い道を先へと進んだ。
けれども道はすぐ先で四方に分かれていて、少年がどちらの道へ進んだのか皆目検討がつかない。
「……って、ねえ!? ど……どこにいるのよ!?」
どこかにいるであろう少年に呼びかけたものの、返事は戻ってこない。
先ほどまで聞こえていた緊迫した悲鳴も少し前から途絶えてしまっている。
いやちょっと待って。返事がないってのは、彼の身になにかが起きたからなんじゃないの? 私、このまま、進んでも大丈夫? 助けに行ったものの、何らかの理由によって、彼がすでに絶命していた場合、私も巻き添えを食らって無駄死にしたりしない?
やっぱりここは引き返した方がいいのではないだろうか、と一瞬思ったものの、けれどほんのわずかに残っていた良心が、そうすることを思い留まらせた。
ああ、だめだ。
やっぱりこのまま見放すなんてできない。
いざとなったらレナードがくれた聖水が入った瓶を割ればどうにかなる――……はずうぅうう!
怖気づく気持ちをどうにか奮い立たせ、大きく息を吸い込むと、ごくり、と生唾を呑みこむ。
ええい! 出陣じゃあああ! と戦国武将にでもなった気分で、自分の勘を信じて四方に分かれる細い道の一番右端を選び、恐る恐る先へと突き進んでいたら、最初の角を左に曲がって、すぐに一番奥まで辿り着いてしまった。
どうやら袋小路に突き当たってしまったらしい。
(……ってあれ? もしかして間違えた?)
そんなことを思って、そのすぐあとで、袋小路の隅っこで尻餅をついて座り込む少年の姿を見つけ、私は彼がまだ死んでいないことにほっと胸を撫で下ろした。
……のだけれど。
胸を撫で下ろしてその直後、私は視界の片隅にあり得ないものを見つけてしまい、ひっ、と喉を引き攣らせると、その場で硬直してしまった。
袋小路に追い込まれ、摺り寄るように壁に背中を押しつけ、がたがたと身体を震わせる少年――……の前に立ち塞がる巨大な影。
自分が立つ場所からでは、後ろ姿しか見えないけれど、その身丈は見上げなければいけないほど大きく、ぬらぬらと黒光りする背中は鱗のようなものに、びっしりと覆われていて、どう贔屓目に見ても、それは人のものとは思えない。
(……って、ど、どう見たって、あれって魔物だよね? いやそれ以前、このくそ狭い路地裏に、あの巨体でどうやって入り込んだのよ!? って今はツッコんでる場合じゃない!)
初めて目にする魔物のおぞましい後ろ姿に、全身から、すうっ、と血の気が引いてゆく。
軽い眩暈に襲われ、視界が反転しそうになって、慌てて唇を噛み締めて、遠ざかりそうになる意識をどうにか保つ。
「か……鞄の中に入っている瓶を割って!」
あまりの恐怖に咽喉の奥に張りついたまま、中々出てこない声を振り絞り、真っ青な顔でへたれ込んでいる少年に向かって、必死に叫ぶものの少年はまったくの無反応。
そうこうしている合間にも、私の声に気づき、背中を向けていた魔物が巨体を捻って振り返ろうとする。
ぎゃあッ! お願いだから、こっちを向かないでええええ!
後ろ姿でも、あんなに異形だったんだから、真正面からその姿を拝んだ日にゃあ、あまりの衝撃にショックを受けて、下手したら喰われる前に心肺停止で死んじゃうから!
……と心の中でわあわあと騒ぎ立てたところで、魔物に心の声が伝わるはずもなく、目を瞑ることすらままならず、見たくないと思う意思に反して、しっかりと目を見開いたまま、私は振り返った魔物とご対面。
振り返った魔物はどこが目で、どこが鼻で、どこが唇なのか、区別がつかないほど、ぐっちょんぐちょんに顔が歪んでいて、それこそホラー映画いや全人類を恐怖に陥れた地球外生命体エイリアンといい勝負ができるほど、グロテスクな姿をしているではないか!
ひ……ひいいいいいいっ。
振り返った魔物とがっつり視線が合ってしまい、恐怖に慄く。
自分が気を失わずにいることが不思議なくらいだけど、ぶっちゃけ、気絶なんてしてる場合ではない。
標的の対象を私に変えた魔物は威嚇するように低い唸り声を上げながら、大きく尖った鋭い牙を剥き出しにすると、鱗と思しきものにびっしりと覆われてぬらぬらと黒光りする大きな足をゆっくりと動かす。
「は……早く瓶を割って!」
じりじりと詰め寄ってくる魔物から後退りしながら、がたがたと身体を震わせている少年に叫ぶけれど、恐怖で私の声すら聞こえないのか、彼は凍りついたようにぴくりとも動かない。
ええい! この役立たずめが!
と心の中で罵ったところで、完全にフリーズ状態に陥ってる少年が動くはずもなく、私は絶体絶命の大ピンチ!
(と、とにかく、ここは逃げなきゃ喰われるっ!)
少年は袋小路に追い込まれて身動きが取れないけれど、幸いにも自分の背中の後ろには道が開けている。自分が逃げることによって、袋小路に追い詰められた少年から魔物の意識を逸らせられるし、表通りまでなんとか逃げ切れば、誰かがどうにかしてくれるだろう。
いやそれ以前、こんなグロテスクな魔物がいきなり出没したら、それこそ映画みたく、大パニックに陥りそうだけど、こっちも死に物狂いだもの。もうここはやるしかない。
唯一頼りにできそうな聖水を封印され、剣も魔法も使えない私にできることは一つしかない。
全力で逃げること。
それだけだ。
人間という生き物は極限状態に陥ると、開き直って、冷静になれるらしい。
刻一刻と迫る危機的な状況の中、そう決断した私は今にも襲ってきそうな魔物に背中を向けると、来たばかりの道を全力で引き返した。
少年の後を追いかけて、路地裏に飛び込んだものの、迷路のように複雑に入り組んでいる狭い路地は身を隠すには絶好の場所で、見えていた彼の背中は、あっという間に視界から消えてしまい、気がついたら、私は彼の姿を完全に見失っていた。
立ち止まり、息を切らせながら、辺りを見回すものの、彼の姿はどこにも見当たらず、先に見える道も四方八方に複雑に分かれていて、彼がどっちに向かって逃げたのか、それすらも皆目検討つかない。
(ど……どうしよう! 鞄の中にはアレクに返さなきゃいけない本と、お城に入るための通行許可証が入っていたのに――っ!!)
アレクから借りた本はともかくとして、通行許可証は絶対に紛失してはいけない貴重なものなはずだ。
そんな貴重なものを失くしたどころか、悪党に盗まれたりなんて世間に知れたら、一大事になるんじゃなかろうかと考えたら、引き返すに引き返せなくて、立ち止まったまま、前にも進めず、後ろにも退けず、私は泣き出しそうになった。
建物の間を吹き降ろす風に流され、色を失った枯葉が、かさかさと音を立てながら、足元をすり抜けてゆく。
魔物が出てくることを警戒してか、辺りは閑散としていて、人っ子一人どころか、猫の姿さえ一匹も見当たらない。
遠くに聞こえる雑踏が、時折、微かに耳に届くくらいで、他に音らしい音もなく、辺りはしーんと静まり返っている。
(こ……怖いよぅ)
あまりの不気味さに足が立ち竦む。
(アレクとレナードには土下座して謝ろう。うん、それがいいに決まっているわ)
これ以上、突き進むのは無理ー! と泣く泣く通行許可証奪還の使命を放棄した私は、薄気味悪い路地裏からさっさと退散しようと思い、くるりと身体を180度回転させると、来た道を引き返そうとした。
したのだけれどおぉお。
「うわああああああああああ!!」
路地裏一帯に響き渡るホラー映画さながらの叫び声。
悲鳴がした方へ背中を向けていた私は恐怖に満ちたその絶叫ぶりに、ぴたりっ、と動きを止めてしまった。
つぅ、と背中に嫌な汗が流れ落ちる。
な……なにかしら? 今、悲鳴のようなものが聞こえたけれど、気のせいだよね? ああ、きっとあれだ。恐怖心が勝って、自分の中で妄想が膨らんで、幻聴を作り出したんだわ。ええ、そうよ、これは空耳。空耳なんだわ!
「うわああああ――――っ! だ……誰か……誰か助けてくれ――っ!!」
これは空耳だと自己暗示をかけ、無理やり聞かなかったことにして、現実逃避に走ろうとした私の耳に、助けを求める悲痛な叫び声がふたたび響く。
ひ……悲鳴なんて聞こえなかった…………んだからああぁあぁああ!
そう心の中で絶叫したものの、幻聴でも、空耳でもなく、確実に耳に届く大絶叫はあの少年のものだ。彼が放つ声は尋常ではなく、彼の身に緊迫した危機が迫りつつあることは間違いなさそうだ。
「ど……どうしよう。と……とにかく、誰か人を呼ばなきゃ……」
剣も魔法も使えない私が駆けつけたところで、役には立たないだろうと思って、助けを呼びに行こうとした私の背中に、見捨てていくなあああ! と怨念でも籠っていそうな悲鳴がまたもや飛んでくる。
だからあああ! 悲鳴を上げられても、私じゃあ、どうにもならないんだってばあ!
助けを呼びに行くからちょっと黙って待ってなさいよ! と怒鳴りたいところだが、事態は悪化の一途を辿るばかりらしく、今度は嗚咽交じりの悲鳴が聞こえてきた。
ああ、もう! わかったわよ! 行けばいいんでしょっ、行けばあああ!!
さっきまでとは違って、威勢を失くした弱々しい悲鳴に、助けを呼びに行くことを諦めた私は、小悪党の背中なんて追うんじゃなかったと泣き言を漏らしつつ、竦む足を無理やり動かして、薄暗い路地裏の細い道を先へと進んだ。
けれども道はすぐ先で四方に分かれていて、少年がどちらの道へ進んだのか皆目検討がつかない。
「……って、ねえ!? ど……どこにいるのよ!?」
どこかにいるであろう少年に呼びかけたものの、返事は戻ってこない。
先ほどまで聞こえていた緊迫した悲鳴も少し前から途絶えてしまっている。
いやちょっと待って。返事がないってのは、彼の身になにかが起きたからなんじゃないの? 私、このまま、進んでも大丈夫? 助けに行ったものの、何らかの理由によって、彼がすでに絶命していた場合、私も巻き添えを食らって無駄死にしたりしない?
やっぱりここは引き返した方がいいのではないだろうか、と一瞬思ったものの、けれどほんのわずかに残っていた良心が、そうすることを思い留まらせた。
ああ、だめだ。
やっぱりこのまま見放すなんてできない。
いざとなったらレナードがくれた聖水が入った瓶を割ればどうにかなる――……はずうぅうう!
怖気づく気持ちをどうにか奮い立たせ、大きく息を吸い込むと、ごくり、と生唾を呑みこむ。
ええい! 出陣じゃあああ! と戦国武将にでもなった気分で、自分の勘を信じて四方に分かれる細い道の一番右端を選び、恐る恐る先へと突き進んでいたら、最初の角を左に曲がって、すぐに一番奥まで辿り着いてしまった。
どうやら袋小路に突き当たってしまったらしい。
(……ってあれ? もしかして間違えた?)
そんなことを思って、そのすぐあとで、袋小路の隅っこで尻餅をついて座り込む少年の姿を見つけ、私は彼がまだ死んでいないことにほっと胸を撫で下ろした。
……のだけれど。
胸を撫で下ろしてその直後、私は視界の片隅にあり得ないものを見つけてしまい、ひっ、と喉を引き攣らせると、その場で硬直してしまった。
袋小路に追い込まれ、摺り寄るように壁に背中を押しつけ、がたがたと身体を震わせる少年――……の前に立ち塞がる巨大な影。
自分が立つ場所からでは、後ろ姿しか見えないけれど、その身丈は見上げなければいけないほど大きく、ぬらぬらと黒光りする背中は鱗のようなものに、びっしりと覆われていて、どう贔屓目に見ても、それは人のものとは思えない。
(……って、ど、どう見たって、あれって魔物だよね? いやそれ以前、このくそ狭い路地裏に、あの巨体でどうやって入り込んだのよ!? って今はツッコんでる場合じゃない!)
初めて目にする魔物のおぞましい後ろ姿に、全身から、すうっ、と血の気が引いてゆく。
軽い眩暈に襲われ、視界が反転しそうになって、慌てて唇を噛み締めて、遠ざかりそうになる意識をどうにか保つ。
「か……鞄の中に入っている瓶を割って!」
あまりの恐怖に咽喉の奥に張りついたまま、中々出てこない声を振り絞り、真っ青な顔でへたれ込んでいる少年に向かって、必死に叫ぶものの少年はまったくの無反応。
そうこうしている合間にも、私の声に気づき、背中を向けていた魔物が巨体を捻って振り返ろうとする。
ぎゃあッ! お願いだから、こっちを向かないでええええ!
後ろ姿でも、あんなに異形だったんだから、真正面からその姿を拝んだ日にゃあ、あまりの衝撃にショックを受けて、下手したら喰われる前に心肺停止で死んじゃうから!
……と心の中でわあわあと騒ぎ立てたところで、魔物に心の声が伝わるはずもなく、目を瞑ることすらままならず、見たくないと思う意思に反して、しっかりと目を見開いたまま、私は振り返った魔物とご対面。
振り返った魔物はどこが目で、どこが鼻で、どこが唇なのか、区別がつかないほど、ぐっちょんぐちょんに顔が歪んでいて、それこそホラー映画いや全人類を恐怖に陥れた地球外生命体エイリアンといい勝負ができるほど、グロテスクな姿をしているではないか!
ひ……ひいいいいいいっ。
振り返った魔物とがっつり視線が合ってしまい、恐怖に慄く。
自分が気を失わずにいることが不思議なくらいだけど、ぶっちゃけ、気絶なんてしてる場合ではない。
標的の対象を私に変えた魔物は威嚇するように低い唸り声を上げながら、大きく尖った鋭い牙を剥き出しにすると、鱗と思しきものにびっしりと覆われてぬらぬらと黒光りする大きな足をゆっくりと動かす。
「は……早く瓶を割って!」
じりじりと詰め寄ってくる魔物から後退りしながら、がたがたと身体を震わせている少年に叫ぶけれど、恐怖で私の声すら聞こえないのか、彼は凍りついたようにぴくりとも動かない。
ええい! この役立たずめが!
と心の中で罵ったところで、完全にフリーズ状態に陥ってる少年が動くはずもなく、私は絶体絶命の大ピンチ!
(と、とにかく、ここは逃げなきゃ喰われるっ!)
少年は袋小路に追い込まれて身動きが取れないけれど、幸いにも自分の背中の後ろには道が開けている。自分が逃げることによって、袋小路に追い詰められた少年から魔物の意識を逸らせられるし、表通りまでなんとか逃げ切れば、誰かがどうにかしてくれるだろう。
いやそれ以前、こんなグロテスクな魔物がいきなり出没したら、それこそ映画みたく、大パニックに陥りそうだけど、こっちも死に物狂いだもの。もうここはやるしかない。
唯一頼りにできそうな聖水を封印され、剣も魔法も使えない私にできることは一つしかない。
全力で逃げること。
それだけだ。
人間という生き物は極限状態に陥ると、開き直って、冷静になれるらしい。
刻一刻と迫る危機的な状況の中、そう決断した私は今にも襲ってきそうな魔物に背中を向けると、来たばかりの道を全力で引き返した。