紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

絶体絶命のピンチを救ってくれたのは彼でした。

「ちょ……ちょっと待ってえええええ! っていうか、こんなの想定外だしいいぃいいいい!」

 表通りを目指して全力疾走で逃げ切る! と決意した私は、わずか一分後には、逃げると決めたことを激しく後悔していた。
 どう見たって余裕で二メートルは軽く超えているであろう、エイリアンもどきの魔物ならば、路地裏の狭い道は通れないだろう、とそう見込んでいたのだが、全身を覆っている鱗のようなものが、強靭な素材でできているらしく、なんとエイリアンもどきの魔物は、狭い道の両端を挟む壁をがりがりと削りながら、後を追ってきたのである。
 見上げるほども体がデカいくせに、その身体能力は恐ろしいまでに高く、ものすごい速さで後を追ってくる。

 がりがり、がりがり、と耳障りな音を立てて、迫りくるエイリアンもどきの気配を背後に感じつつ、縺れそうになる足を懸命に動かして、路地裏の狭い通路をがむしゃらに走る。
 振り切った腕や拳が壁にぶつかって、めちゃくちゃ痛いが、そんなことを気にしていたら、瞬く間に捕まってしまう。
 息を切らせながら走っていた私は、エイリアンもどきとの距離を測ろうとして、ちらり、と後ろを振り返った。
 するとそのタイミングを見計らっていたかのように、狭い道を挟んで建つ民家の壁をバネにして、その巨体からは考えられないほどの瞬発力で、びよーん、と飛び跳ねると、エイリアンもどきは私の頭上を軽々と飛び超えてしまったのだ。
 そうしてこれまたその見た目からは想像もつかないほど、ひらり、と身軽に着地をすると、エイリアンもどきは行く手を遮るように、目の前に立ち塞がった。

「ひ……っ、」

 あまりの恐怖に声が咽喉に貼りついて、叫び声すら出ない。
 行く手を完全に遮られ、窮地に追い込まれた私は、じりじりと迫ってくるエイリアンもどきから後退りした。
 後ろ手で何か使えそうなものがないか、と探すけれど、武器になりそうなものはない。
 絶体絶命のピンチ。
 立ち尽くす私を追い詰めるように低く唸ると、エイリアンもどきは鋭い牙を剥き出して襲いかかってきた。

「き……きゃあああああああ!」

 咽喉に貼りついていた声が悲鳴となって、薄暗い路地裏に木霊する。ああ、もうだめだ!
 そんなことを思いながら、私はしゃがみ込むと、ぎゅうっと瞼を強く閉じた。

(こんなところで魔物に喰い殺されて人生終わるだなんて……どうせ死ぬんだったら、せめてもうちょっと見た目だけでも、もふもふと可愛らしい魔物に襲われて死にたかったわっ!)

 などとどこか論点がずれたことを考えながら、もう助からないと思って覚悟を決めた瞬間、ばちんっ、と、何かが弾け飛ぶような大きな音が響いた。
 続けて今にも消え入りそうなほど、か細い呻き声が聞こえて、閉じていた瞼を、そうろり、と開くと、私は魔物の気配がする方へ恐る恐る目を向けた。
 ついさっきまで襲う気満々、喰らう気満々だったエイリアンもどきは、数メートルと離れていないところで苦しげな様子で、巨大な体躯をぴくぴくと引き攣らせている。

(……な、なに? なにがどうなっているの?)

 突然のことに驚いて、辺りを見回していたら、視界の片隅に何かが映った。
 人のように見えたその影の正体を探ろうとして、茜色に染まる空を見上げた私は逆光を浴び、黄昏色に(きらめ)く剣を握り締める誰かが、石造りの民家の屋根の上に立っているのに気づいた。

(――――……って誰?)

 エイリアンもどきをやっつけてくれたのであろう、その相手の姿を確認しようと思うものの、今いる位置からでは完全なシルエット状になっていて、その姿は真っ黒に塗り潰されてしまい、輪郭しか確認できない。

「……ったく、手間のかかるヤツだな」

 限界まで目を細めて、その姿を確認しようとしていたら、屋根の上に立っていたシルエットの声が微かに聞こえた。

(――……って、あれ? この声って、)

 聞き覚えのあるその声に誰だったかを思い出そうと、記憶を手繰り寄せようとして、それよりも一瞬早く、呆然と見上げる私の前でシルエット状のその人物は屋根を蹴り上げると、ひらり、と軽やかに(そら)に舞った。

「え――……って、ちょ――……っ!?」

 普通の人間であれば、そんなところから飛び降りでもしたら、足の一本、いや下手すれば、それ以上の大怪我をしてしまうかもしれない、危険かつ無謀なその行動に、このすぐ後に展開されるであろう悲惨な状況が頭を過り、顔を背けようとして、その直後、私は視界に飛び込んできた光景に目を奪われていた。
 沈もうとしている夕陽に照らされ、黄昏に輝くシルエットの背中に光り輝く大きな翼――……が見えたような気がして。

(て――――……天、使?)

 精霊や魔物が実際にいる世界であれば、天使がいても不思議ではないだろう、と思い、ぱちくりと目を瞬かせて、たん、と華麗に着地したシルエットを、もう一度、目を凝らして見たけれど、その背中に広がっているはずであろう、翼らしきものは、もうどこにも見えなかった。

(……って錯覚?)

 ごしごしと目を擦る私に構わず、屋根の上から飛び降りた人物は、手にした剣を素早く構えると、少し離れた場所で苦しそうに足掻いているエイリアンもどき目がけて、金色に輝く剣を振り落とした。
 オレンジ色に染まる夕日を浴びて、一段と輝きを増した剣の刃先が、魔物の胴体を捉え、一刀両断に断ち切る。
 鋭い切っ先を持つ剣で切りつけられたのだから、当然、辺りはエイリアンもどきの血で染まるのだろうと、頭を過ぎった凄惨な光景に身体を強張らせたものの、眩い光に包み込まれたエイリアンもどきは断末魔の叫びを上げると、まるで煙のように跡形もなく消えてしまう。

(って、な……なに? 一体、なにが起きて――……)

 あまりにも突然すぎて、なにがなにやら、さっぱりわからない。

「――――大丈夫か?」

 腰が抜けてしまったらしく、へたれ込んだまま、動けないでいる私の頭上で凛とした声が響く。
 聞き覚えのあるその声が誰のものであるか、ようやく思い出した私は、声に導かれるように、ゆっくりと顔を上げると、吹き降ろす風に漆黒の長い髪を靡かせ、夕映えに輝く白銀の鎧を纏って立つ、アレクの顔を見上げた。
 乾いた金属音を響かせながら、鞘の中に剣を収めたアレクは藍色の瞳を向けて、静かにこちらを見下ろす。

「――……アレ……ク、」

 どうしてここにアレクがいるんだろう、と不思議に思いつつ、視界の中にアレクの姿を認めて安心したのか、擦れる声で彼の名前を口にするなり、張り詰めていた糸が、ぷつり、と切れて、私は伸びてきたアレクの腕の中で眠るように意識を失った。
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